10 実力
「叔父上、少しお願いがあるのですが・・・。」
思う所があり、顔を隠して恥ずかしがっている伯爵にお願いをする事にした。
「・・・何かな?」
「僕も、練兵場で弓や剣の扱いを教えて貰う事は出来ますか?」
「何故?とは聞くまでもないな。獣討伐のためだね。いいだろう、キランには私から伝えておくから好きにしなさい。」
「ありがとうございます!」
2週間とは言え、その間まともに訓練もしていないから、身体を動かしておきたい。春頃に討伐隊を編成するなら、その間の稽古も必要だし。
「・・・伯爵様、俺もイーオと一緒に訓練してもいいですか?」
「勿論構わない。大いに励みなさい。」
「はいっ!」
アルの決意は堅いようだし、僕が何かを言うべきではないだろうな。伯爵の許可を貰ったので、改めて伯爵にお礼を言って僕達も応接間を出る。
すると、部屋を出てすぐの壁際にサリーナさんが立っていて、こちらに気付くと僕達の前に立ちお辞儀をした。
「イーオ様、アルド様、改めて本日よりお世話を仰せつかりましたサリーナと申します。御用が御座いましたら何なりとお申し付けください。」
「・・・すまんが、イーオはともかく、俺に様付けは必要ない。俺はただの猟師の息子だからな。」
僕も必要無いんだけど、練兵場でのやり取りや先程の話でも注意をされたから、流石に言いづらい・・・。
「では、アルドさんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「アルでいい。イーオもそう呼ぶからな。」
「流石にお客様を呼び捨ては憚られますので、アルさんとお呼びしますね。」
「わかった。宜しくサリーナさん。」
「僕達だけの時ぐらいは、僕に様を付けるのを辞めてくれると嬉しいかな・・・。つい最近まで、自分が貴族の係累だとは知らなかったんだよ。」
アルの呼び名を変えたのだから、僕の呼び名も変えてくれないかな。違和感が酷くて、自分の名前じゃないみたいなんだ。
「申し訳ありませんが、イーオ様には恐れ多くて出来かねます。」
もの凄く困った顔で即答されてしまった。解せない。
「何で、イーオがそんな顔してるんだよ。さっきの話聞いてたら当然だろ。」
「そりゃそうだろうけどさ!僕は田舎の代官の息子だと思ってたんだから、貴族の係累だなんてまだ信じられないんだよ!」
「俺もイーオ様と呼ぼうか?」
「アル、冗談でも流石に怒るよ?」
アルと言い合いをしているとクスクスと笑い声が聞こえ、声の方に顔を向ける。すると、サリーナさんが慌てた様子で口を押さえた。
「ごめん、驚かせたよね。でも、僕は本来こんな感じなんだ。だから、アルと同じように呼んで欲しいかな。僕自身は偉いわけでも何でもないから。」
「かしこまりました。では、僭越ながらイーオさんとお呼びしますね。・・・お二人は、とても仲がよろしいのですね。」
僕達のやり取りが余程面白かったのか、サリーナさんは再びクスクスと笑いだし、その様子に思わず照れてしまう僕達。
「・・・あー、すまないがそういうやり取りは、せめて客間に戻ってからやってくれないか?キミ達、私がまだ中に居る事を忘れているだろう?今のは聞かなかった事にするから、とりあえず戻りなさい。」
声が響き後ろに振り向くと、いつの間にか扉が少し開いていて、隙間から伯爵が覗き込みながらニヤニヤしている。
伯爵が居るのを忘れてた!
「も、申し訳ありません!どうか、どうかお許しください!」
伯爵に聞かれた事で、サリーナさんは真っ青な顔になり、頭を下げながら許しを乞う。
許すも何も僕が言わせたのだから、悪いのは僕じゃないか。
「サリーナ・・・だったかな?出ようとしていたらやり取りが聞こえてきたから、事情は分かる。咎めたりはしないので、頭を上げなさい。当人がいいと言ってるのだから、キミ達だけの時は好きにしたらいい。・・・だが、人前では気をつけなければならないよ。・・・皆から私は甘いと言われるのは、こういう所なのだろうな。」
「僕からも謝ります。本当に申し訳ありません。」
伯爵は気にしなくていいとだけ言うと、部屋から出て立ち去った。
サリーナさんが怒られたりしなくて本当によかった。
僕達まだ青い顔をして俯いてる彼女を連れて、客間に戻る。
彼女には、可哀想な事をしてしまったな・・・。
「サリーナさん、僕のせいでごめんなさい。」
「イーオ様が謝る必要はありません!雇われている身でありながら、身分の差を弁えずに発言してしまった私が悪いのです。申し訳ありませんでした。」
「伯爵様もいいって言ってたんだから、気にすんなよ。あの場所で会話を始めた俺たちも悪いんだ。」
「ですが・・・。」
「僕ら3人の失敗って事で、この話はおしまいにしよう。僕達だけの時は、様は要らないからね。叔父上もいいと言ってたし。」
「そうだな。」
彼女がいつまでも謝り続けそうな雰囲気だったから、無理矢理彼女を納得させこの話題が終わらせる。漸く彼女の表情も解れてきた頃、部屋の扉がノックされた。返事を返すとアーネストさんが現れた。
どうやら、昼食の用意が出来たとの事で、アルはアーネストさんと共に従者が食事を摂る部屋に行くが、サリーナさんは僕を案内するそうだ。
サリーナさんは昼を摂らないのかと訊ねると、僕が屋敷に滞在する間の専属になったため、僕が昼食を摂り始めてから別室で食べると彼女は言っていた。
彼女に案内され食堂に着くと、そこには既に全員が集まっている。
「遅くなり申し訳ありません。」
「いや、構わない。さぁ、そちらに掛けなさい。」
伯爵に促され空いている席に座ろうとすると、サリーナさんが小声で僕を静止し、椅子を引いてから着席するよう彼女に言われる。
専属って、そこまでやらなくてはいけないのか・・・。よく見ると伯爵の後ろや、ノエリアさん達の後ろにも従者が控えているし、表情も変えていないから、これが普通なんだろうな。
僕が着席すると昼食が運び込まれ、祈りを捧げた後に昼食が始まる。テーブルマナーは教えられていたから、大丈夫なようだけと、緊張で味は余りわからなかった。
特に会話もなく食事を終え、食後のお茶が出されると漸く伯爵が口を開く。
「すまない。先に色々と説明するべきだったな。だが、食事の作法も問題はないし、場の空気も読めるようだから、イーオは何処に出しても恥をかかないだろうな。」
「そうですわね。キース様の教育の賜物と言った所でしょうか。」
いえ、緊張して喋れなかっただけです・・・。
伯爵とノエリアさんがニコニコしながら会話をしていると、隣に居たリズが唐突に提案をしてきた。
「お父様、イーオお兄様にお屋敷の案内をしたいと存じますが、宜しいでしょうか?」
「それはいい考えだ、リズ。イーオは客間に篭っていたから、まだこの館や敷地の事を知らない。案内をしておあげなさい。・・・イーオも構わないかい?」
「僕に異存はありません。寧ろ、一度見てみたいと思っていましたので、サリーナさんに頼もうかと思っていたぐらいです。リズ、お願い出来るかな?」
「はい!お任せください!」
「あらあら、あんなに嬉しそうにして・・・。イーオ様、貴方様の家ですから、ゆっくりご覧になってくださいね。」
午後からの予定も決まったけれど、アルはどうするんだろうか?
昼食を摂り終えたサリーナさんが再び現れてから、一度客間に戻る。リズが呼びに来るまで、部屋で待っていてほしいそうだ。
客間に戻るとアルは既に戻ってきていた。服も着替えていたから出かけるのかな?
「アル、何処か行くの?」
「イーオか、俺は練兵場へ行ってくる。お前は?」
「そうか、訓練をするんだね。僕はリズが館を案内してくれる事になってね。アルも誘おうかと思ったんだけど・・・。」
「いや、俺はいい。お前はあんな事があったんだから、ゆっくりしてくるといいさ。」
「あんな事・・・?」
怪我の事は言えないからアルは直接は口に出さなかったが、サリーナさんは気になったようだ。
僕は仕事の事だと彼女を誤魔化して、練兵場に向かうアルを見送った。
暫くサリーナさんと他愛の無い話をしていたら、ノックの音が響き、返事をするとリズが従者を連れて部屋にやってきた。フィーも一緒にいる。
「お待たせ致しましたお兄様。では参りましょう。・・・あら?アルド様のお姿がありませんが・・・?」
「あぁ、アルは練兵場に行ったんだよ。僕も後で顔を出そうと思ってる。」
「かしこまりました。では、練兵場も私達が案内致します。ですが、まずは屋敷とお庭をご案内しますね。」
「お願いするね。」
リズとフィー、それに僕とそれぞれの専属の従者合わせて6人で屋敷を見て回る。サリーナさんには休むように言ったのだけれど、そういう訳にはいかないと着いてくる事になった。
屋敷はコの字型になっており、中央の玄関を挟んで向かって右と左で分かれていて、右棟には伯爵の家族の部屋や食堂があり、一階には客間が幾つもある。左棟には応接間や執務室、遊戯場が設けられていて、奥には従者用の部屋が用意されている。玄関から真っ直ぐ進むと、かなり広い催し物を行うための広間もあった。
「次はお庭を案内しますね。」
一通り屋敷を見て回った後でリズとフィーに手を引かれ、屋敷の外に出て次は庭へ向かう。
庭は彫刻や季節毎の花が植えられており、季節によって景観が変わるよう設計されているようだ。暖かい時期には此処で催しが出来るよう、広めの空間も用意されている。
「如何でしょうか?」
「見事な庭だね。僕は余り詳しくないけれど、かなりしっかりと手入れがされているのが分かるよ。」
「庭師の腕が良いのですよ。私もこの庭が好きなので、お兄様にも気に入って頂けると嬉しいです。」
「勿論気に入ったよ。リズ、フィー。案内してくれて、ありがとう。」
僕にお礼を言われた二人は、パッと花が咲くように笑顔になり喜んでいる。その様子を眺めていた僕も、つられて笑顔になった。
「では、次は練兵場に向かいましょう。」
リズの言葉にフィーの表情が曇り、僕の手を強く握りしめた。
怖いんだろうな。
「フィー、無理しなくていいよ。」
「い、いえ、大丈夫・・・です。」
「怖くなったら、何時でも帰っていいからね。」
「は、はい・・・。」
余り無理はさせない方がいいだろうな。
そう考えながら、二人に案内され練兵場へと向かった。
練兵場に辿り着くと、朝と同様に兵士達が訓練をしていたが、朝とは顔触れが違うようだ。キランさんとファンさんは居るけど。
瓦礫も殆ど撤去されているようで、木で簡単な枠を作り、それ以上崩壊しないように支えられていた。
アルは・・・、居た。弓の練習をしているようたけど、こちらには気付いていない。兵士に教えられながら、弓を放っている。
「イーオ君、お嬢様方、よくぞ参られた。」
アルを眺めていたら、いつの間にかキランさんとファンさんがこちらに気付いて側に来ていた。突然声をかけられてフィーは驚いたのか、僕の後ろに隠れてしまったけれども。
「騎士団長と副団長も、お変わりないようで何よりです。」
「お嬢様方もお元気そうで何よりです。・・・しかし、どうしてこちらへ?」
「お兄様がこちらに参られると仰りましたので、ご案内したのです。」
「左様で御座いましたか。・・・イーオ君、キミはキース様に剣を習ったのか?」
「はい。父に教えられました。たまにですが、父相手に打ち込みもしていましたね。」
「ふむ・・・。ファン、木剣を用意してくれ。」
「まさか、団長・・・?」
「いいから早く!」
ファンさんは慌てて、また何処かに走っていった。
この感じは、まさか・・・?
「ならば、イーオ君のお手並を拝見したいと存じます。お嬢様方も構いませぬか?」
「え、えぇ私は構いませんが・・・。」
言い淀むリズを見ると、彼女はフィーの様子を伺っていて、そのフィーは僕の表情を確認するように見上げていた。
「大丈夫、ただの訓練だから。」
怖い事なんてないと教えるために、フィーの頭を軽く撫でてからキランさんに向き合う。
「僕は構いませんが、この間まであの状態でしたから、どれだけやれるかはわかりませんよ?」
「なに、訓練だ。程々で切り上げればいい。それにファンに相手をしてもらうつもりだからな。」
程々と言うのはちょっと怪しいけど、ファンさん相手なら大丈夫かな。
キランさんが言い終える頃に、ファンさんが木剣を二本持って戻ってきた。副団長を使い走りにするのは、どうかと思う。
キランさんは木剣を僕とファンさんに渡すと、ファンさんに説明をして、その場から少し離れて僕らは向かい合い、構える。
「最初はイーオ様が打ち込んで来てください。」
「はい。」
副団長相手だから、本気でやってもいいかな?
父さんだと足のせいもあってか、全力でやると吹き飛ばしてしまうんだよね。足がまともなら、受けれてやるものをとか言ってたし。
短く気合いを入れ、全力で踏み出す。
ファンさんは正眼に構えているから、僕は下段より更に下に構えた木剣を、右足側から左肩口に向けて逆袈裟に振り抜く。相手の剣を狙い、武器を弾き飛ばす切り方だ。
バン!と木剣と木剣がぶつかる音が響き、狙い通りファンさんの持っていた木剣を吹き飛ばしたが、勢いが良すぎたのかファンさんまで振り抜いた方向に倒してしまった。
やりすぎたらしい。
僕の持っていた木剣は、勢いに耐えれず砕けてしまっている。
思わずキランさんを見ると、険しい表情で僕を見ていた。
それから周りを見渡すと、兵士達の視線が僕に集まっている。
どうしたもねかと考えていると、気を取り直したキランさんが話しかけてきた。
「イーオ君、キミは今、何をした?」
「何と言われましても・・・。木剣を狙って、弾き飛ばそうと逆袈裟で振り抜いただけですが・・・?あっ、ファンさん大丈夫ですか!?」
吹き飛ばしてしまったファンさんに駆け寄り、助け起こす。
やりすぎた事を謝ると、怪我はしていないようで大丈夫だと返事があり安心した。
「なぁ、ファン。お前イーオ君の動きが見えたか?」
「・・・まるで見えませんでしたね。しかも、とてつもない力で剣を持っていかれました。」
「恐るべき剛剣だな・・・。これでは並の剣だと、耐え切れず数度の打ち合いで直ぐに折れるだろう。何より、動きのキレがとんでもない。離れていた私ですら、動き出ししかわからなかった。」
「えーと・・・何か、すみません。」
重苦しい雰囲気に、つい悪いことをしてしまった気分になり謝ってしまう。
「イーオ君が謝る必要などないさ。ファンが油断していたのも悪い。キース様直伝なのは少し考えれば分かる事だからな。・・・しかし、この場にいる誰よりもキミは強いな。その剛剣相手では、私ですら何度も切り結ぶ事は出来んよ。」
「お兄様、凄い・・・キラン団長がここまで言うなんて・・・。確か、キラン団長は王都で開かれている武術の大会にて、優勝した事もあると聞き及んでいます。」
えっ、そうなの?キランさんって本当に凄い人なんだな。
「アレは、キース様の代わりに出場したので、余り参考にはなりません。著名な武人はそういった場を嫌います故、私より強い者等沢山おります。見世物ですからな。・・・私はキース様に一度足りとも勝った事はありません。」
父さんってそんなに強かったんだ・・・。
「お兄様が将来騎士団長になられたら、私達も安心して暮らせますね。」
リズが興奮した様子で僕を見つめる。いや、流石に大袈裟だと思うよ?
反対に、フィーは怯えた様子で僕を見ていた。
その表情に少し、胸が痛む。
「フィー、ごめん。キミを怖がらせてしまった。もう、こんな姿を見せたりはしないから。」
目線を合わせ、なるべく優しくフィーに話しかけるが、何故か彼女は首を横に振る。
「フィーは多分、お兄様がカッコよく見えたんじゃないでしょうか?」
「僕がカッコよく・・・?」
リズの言葉にフィーは首を縦に振る。
「お兄様は穏やかな方ですし、お顔立ちは女性のようではありますが、そんなお兄様の雄々しいお姿を見て、私もドキドキしてしまいましたもの。」
リズも顔を赤らめながら、僕を見つめていた。
ん?待て。女性みたいな顔・・・だと?
「何か複雑そうなお顔をされていますが、どうかなされましたか?」
「い、いや、何でもないよ。」
リズは不思議そうな表情で僕を見ているが、そりゃ複雑にもなるよ?
でも、リズに悪気はないから、仕方ないよね。




