七話
「それでね、お父様もお母様もメルにごちそう食べさせてあげたいって言ったんだけれど、ビークスさんがいきなり油ものなんて食べたらお腹を壊してしまうから、おかゆにしてあげてくださいって。だからああやってたくさんの種類のおかゆを作ってもらったのよ。元気になったら一緒にごちそう食べましょうね!」
読み聞かせが終わり、エリー姉さまは楽しそうにおしゃべりをする。アメリアさんといい、エリー姉さまといい、人を楽しませる才能があるんだなと思う。僕が何もしゃべれなくともエリー姉さまは楽しそうだし、バルク兄さまはあまり口を開かないけど、楽しんでいるみたいだ。よかった。
そんな二人を見ていると、目の青色の感じや髪の紫色の濃さが実は随分違うことに気づく。二人とももちろん顔はきれいだけど、なんとなくエリー姉さまは空でバルク兄さまは海のようなイメージがある。目の色なんかがまさにそうだ。
エリー姉さまの目はよく晴れた日の空を、濃くして切り取ったみたいな明るい澄んだ青色で、バルク兄さまは水底の黒に近い青色を、薄くして閉じ込めたみたいな深くて光が入ると際立つ青色をしている。どちらも僕のものとは違う、別の美しさがある。
あとは、空の色みたいにころころ変わる明るい性格や、口数が少なくてゆっくりした海みたいに穏やかな性格から空と海を連想した。お父さんとお母さんはどんな色をしてたっけ。
そんなことを考えていると、エリー姉さまが唐突にバルク兄さまに向かって
「そういえばバルク兄さまは、いつまでその帽子をかぶっているつもりなんですか?」
と言い放った。その言葉に驚いたようにバルク兄さまは帽子のつばをぎゅっと掴む。実は最初から気になっていた。バルク兄さまは初めて会った時から帽子をかぶったままだった。濃いめの紫色の髪にエメラルドグリーンの帽子はとてもよく似合っていたが、不思議ではあった。
室内で帽子をかぶり続けるのは髪の毛にやさしくないことだから、外さないのかなとは思っていたが新しい家族のうち誰もそのことに触れなかった。だから外し忘れているわけではなく、隠したいものがあってかぶっているのだと察し、特に何も言わずに……いや言えないけれど、いた。
それに遠慮なしに触れたということは、エリー姉さまは帽子の下の見られたくないものについて知っているのだろうか。両親は当然知っているだろうと思っていたが、エリー姉さまは知らなくてもおかしくない。
まだ目が覚めてからたいして経っていないし、もっと信頼してくれたら教えてくれるかもしれないと思っていたところだった。まさかこんなに早く話題になるとは。
「これは……怖がられてしまうかもしれない」
「メルは自分の三倍くらいあるバルク兄さまを見ても怖がらなかったわ」
「それとこれとは違う。……もしも嫌がられたりしたら」
「どうしてそう思うの?これは私の勘だけど、メルはきっと嫌がったりしない。」
堂々としたエリー姉さまにそう言われ、バルク兄さまは帽子のつばを掴んでいた手をぐっと上にあげる。すると帽子の下から動物の耳によく似たものが勢いよく飛び出した。呆気に取られているとその耳はだんだん元気がなくなって、ついにはへにょっと垂れてしまった。
表情はわかりづらいが落ち込んでしまったことだけはわかる。エリー姉さまもそんなバルク兄さまを見て少し焦ったような表情を浮かべ
「メル、やっぱり怖い? 嫌……?」
と悲しそうに僕に問う。勢いよく首を横に振る。首や肩から嫌な音がした気がするが、今はそんなことに構っていられない。実際、別に怖くも嫌でもない。ただ少し思っていたのと違っただけだ。その……次期王だと色々ストレスもあるだろうし。まだ若いのに大変だな、と。
だからそういう覚悟をして待っていたのだが、思ったよりもファンタジーな悩みに面食らってしまった。エリー姉さまがぱっと顔を輝かせて言う。
「ほんとに!? ほらバルク兄さま、メルは大丈夫だって! だからメルは嫌がったりしないっていったでしょう!」
するとバルク兄さまが顔を上げ、僕の顔をじっと見る。狼と犬と狐を足して割ったみたいな耳がさっきより元気になっている。動物には詳しくないので何の耳なのかわからないけれど、表情より感情豊かに動いている。
手を伸ばしてバルク兄さまがしてくれたように、くしゃくしゃっと頭を撫でてみようと思ったが、そんなに体は自由に動いてくれず断念。ぽんぽんとなだめるように撫でるにとどまった。バルク兄さまは一瞬驚いて固まったがすぐに、僕の頭をくしゃくしゃ撫で返す。
そして初めて安心したように笑った。