五話
僕が乙女ゲームのヒロイン「メル」であると仮定すると……というかほぼ確定しているが、これまでにシナリオ通りに事が進むとまずいことが三つほどある。一つ目はこの国が滅ぶこと、二つ目はどこかで人間をやめてしまうらしいこと、三つめは闇ドラゴンと心中しなければならないことだ。
悪役令嬢ならまだわからないこともない。だがメルはヒロインである。どうしてシナリオにそって進むだけで祖国を追われて人外になって命を落とさなければならないのだろう。不運とかで済む話ではない。
しかも経緯や理由は全く不明だが僕がメルになってしまった以上、どうにかして祖国滅亡のフラグをへし折らなければ死ぬのは僕だ。トラックにひかれたときは痛みを感じる前に意識がとんだけれど、次は自分の意志で腹に聖剣をGOしなければならなくなる。痛くないわけがない。
つまり何が何でも……自分の命がかかっているんだ、死にものぐるいでフラグを折らなければ。そうなると、国が滅ぶ理由がわからないというのがネックとなってくる。学園がある国を襲った闇ドラゴンとは別個体に襲われたとか、何らかの理由でほかの国に攻め込まれたとか、理由はいくらでも考え付く。
……どれだけ考えたって知らないものが分かるはずがない。知らないものを知るには調べなければ。とにかく情報が必要だ。情報のある所に可能性あり、だ。僕の読んだ本では、異世界は紙が高くて本は限られたところにしかないと書かれていた。メルは王女様なのだから、家に書庫くらいあってもおかしくない。
そこまで考えてハタと気づく。文字は読めるのだろうか?僕の読んだ本にはそういったことは書かれていなかったが、全然別の文字を使っている可能性だってある。
……そうなればあの優しそうな兄姉に教えてもらえばいいか、と新しい家族のことを思い出して、とげとげしくなり始めていた心がじわっと温かくなった気がした。
そのためにはまず体が動くようにしなければ。痛みに顔をゆがめながら腕をぐっと持ち上げてみる。あの本のように健康な少年の体であればこんなに苦しむこともなかったのかと一瞬考えたが、たしか少年は冷たい兄と親に家をたたき出されて冒険者で生計を立てていた。
幸い才能に恵まれていたようで、幸せに暮らしていた気がする。でも、自分のこの痛みは一生じゃないし、兄姉も親も優しくて温かい。そう考えると僕はメルでよかったかもしれない。
すると、コンコンと小さなノックが聞こえ、
「メーラヴィット様~おかゆをお持ちしました~」
とのんびりした声がドアの向こうから聞こえてきた。この声は聞いたことがある。僕が目を覚ましてから一番最初にドアを開けた、メイドの子だ。
「メーラヴィット様~? ……あっ、声が出ないんですよね、うっかりしてました。すみません~」
そういってドアを開け、おかゆを乗せたワゴンをひきながら部屋に入ってきた。彼女がおかゆをスプーンにすくって僕に差し出す。腕が動かないんだから仕方ないとはいえ、女の子にあーんしてもらうのは少し抵抗がある。腹をくくって口を開ける。うん、おいしい。ここのコックさんは腕がいいんだなぁと考えていると、メイドの子が
「おいしいですか~?」
と声をかけてきた。首を縦に振ると
「よかったです~このおかゆは料理長が腕によりをかけて作った特別メニューなんですよ!
「今広間はお祝いだ~ごちそうだ~ってもう大騒ぎ!
「特に王様や王妃様、第一王女様の喜びようはすごいですよ~
「第一王子様もあんまり顔には出さないですけどずっとそわそわしてるんですよ~
「きっと喜んでいると思いますよ!
「あっ、メーラヴィット様が元気になられたらもう一回お祝いするのでみんなとごちそう食べれますよ~大丈夫です~」
どうやら彼女はおしゃべりな性格らしく、僕が喋れなくても一人で楽しそうに話している。のんびりした口調で心底楽しそうに話すので、こちらもなんとなく楽しくなってくる。そのまま彼女の話を聞きながら相槌を打っているといつの間にかプレートは空っぽになっていて、お腹もいっぱいになっていた。
デザートは大丈夫だと首を振ると
「じゃあ私が食べちゃいますね~あっ、代わりに私のおやつあげます!飴っていうんです。甘くておいしいし、お腹にたまらないですからね~」
そういって彼女は掌の上にぽんと飴を一つ置き、また来ますね~と言い残して去っていった。
再び誰もいなくなった部屋で飴の包み紙をはがし、口に放り込む。そのまま体に響かないように気を付けながら横になる。
誰がか運命は糸のようなものだと言っていたのをふと思い出した。本の中の偉い哲学者の言葉だった気もするし、近所の夢見がちな女子高生の言葉だった気もする。教えてもらったときはよくわからなかった。結局今でもわからないが、運命が糸だというなら、ろくでもない未来に続く糸の二、三本引きちぎってやろうと思う。