四話
人のいなくなった部屋でベッドに横たわる。どうも引っかかっている。魚の小骨がのどに刺さった時のような、奇妙な違和感がじわじわと広がっている感じがする。
赤と青のオッドアイ、薄い紫の髪、目元の王族印、そしてメルという呼び名。知っている気がする。見たことがある。でも紫の髪でオッドアイで目元にタトゥーもどきが入った幼女なんていう愉快なお友達がいたら忘れるはずがない。ならどこで……
「……っ!」
思い出した、乙女ゲームだ!事故にあう前に一番最後にやった乙女ゲーム~バラと魔法の学園~のヒロインの名前。おそらくただの偶然ではない。ゲームの中のメルは「元」王女。魔法で髪を金髪に変え、青い目と目元の王族印をかくして入学するところから始まる。理由は簡単。祖国……つまり僕が今いるこの国が滅びたから。家族が逃がしてくれて学園のある国に逃げ延び、なぜか魔法学園に入る。
魔法学園に入ることになった理由が説明されることはなかったのでそこは不明なままだ。そしてもう一つ不明なことがある。どうしてこの国が滅びたのか、だ。この国が滅んだというのはゲームのなか……終盤で王女であることとともに明かされる。理由が語られることはなかった。
何となく察した人もいるかもしれないが、バラと魔法の学園はかなりご都合主義な部分が多く、ゲームのつくりもお粗末だ。いわゆるクソゲーである。クソゲーというと言いすぎな気がするかもしれないが、まず手を抜いてるであろうことは確かなのだ。
好感度メーターが最後のほう、彼女が王女だと明かしたところから急激に上昇する。そしてそのあとすぐ攻略対象者はプロポーズするのだが、セリフが
「王女とか平民とか関係なく君のことが好きになったんだ!俺(僕)と結婚してくれないか!」
というものなのだ。タイミングが最悪すぎる。しかもそれに彼女は泣きながら喜んでと返事をするのだ。どうかしているとしか思えない。
キャラクターデザインはすごくいいのだ。本当に。メルだってとても愛らしい顔をしていた。ただそれ以外に突っ込みどころがありすぎる。
そしてこのゲームにはエンディングが一つしか存在しない。いや、正確には五人分あるのだが、ところどころ名前やセリフが違うくらいで大まかなルートは変わらないのだ。そのエンディングというのが今のところ一番気にかかっているところでもある。
最後、承諾以外の選択肢のないプロポーズをくらった後、突如国に闇ドラゴンという謎生物が迫っていると連絡が入る。そして攻略対象者はどたんばで謎の勇者パワーに目覚め、英雄としてなぜかメルを連れて闇ドラゴンの討伐に向かう。ちなみに伏線などは一切ない。全てが謎の超展開だ。
そして勇者パワーにより発生した聖剣で闇ドラゴンに立ち向かうがあっさり負ける。ここで引き連れてきたメルの出番である。矮小な人間ごときが、と笑う闇ドラゴンに向かって彼女は声高らかに
「私は人間じゃないわ、悪魔憑きよ。見抜けなかったでしょう?あたりまえよ、封印してあるんだもの。ねぇ闇ドラゴン、あなたのその力悪魔のものでしょ。取引しましょう?私は封印を解きたくて、あなたは世界が欲しい。力を貸してあげるわ、命を半分頂戴?」
ここにきて衝撃の新事実が発覚する。もちろん悪魔なんてワード、このゲームには一度も出てきてはいない。しかしこの怪しすぎる取引に闇ドラゴンはなぜか二つ返事で応じる。全く疑いを持たない。一周回って善人……いや善竜かもしれない。
闇ドラゴンが命を半分渡したのを見届けたメルは自分の体を聖剣で突き刺す。心配する攻略対象者に体から聖剣を引き抜き、これで苦しむ闇ドラゴンにとどめをさせと言い、そのまま冷たくなる。その後聖剣で攻略対象者はドラゴンにとどめをさし、世界は平和になってめでたしめでたしでエンドロール。
そう、メルはどのルートを選んでも最後に死んでしまうのだ。攻略対象者よりよっぽど格好いい散りかただ。というか攻略対象者がドラゴンには負けるわ婚約者一人も守れないわでダサすぎる。攻略対象者は英雄として祀り上げられ、王から褒美をもらって一生楽しく生きていくのだと思うともう一回襲われればいいなんて考えてしまう。
さて、この問題しかないエンディングには僕が竜と心中しなければならないというひときわ大きな問題がある。そのせいでちょっとインパクトが薄れてしまっているが、ドラゴンに持ち掛けた話が本当なら僕はあと十数年したら人間をやめてるということになる。大問題だ。