二話
生まれてからずっと眠っていた。つまりメーラヴィットという人格は存在しなかったことになる。彼女が生きていなかったことにほっとするなんて最低だな、とわずかに自己嫌悪がにじむ。
すると二人いた女性のうち、背が高いほうが口を開く。
「私も初めましてね。あなたのお母さんよ。……メル、あなたが起きてくれてうれしいわ。本当に、もう起きてくれないんじゃないかと思っていたの」
目に涙をにじませながらそう言う女性はお母さん、と言った。お父さんもお母さんもこんなにきれいならメーラヴィットも……自分も、相当美人に育つだろうなとぼんやりと考える。すると、背が低いほうの女性が前に進み出た。
「メル? あのね、私はエリーヴィットっていうのよ。あなたのお姉ちゃん。エリー姉さまって呼んでちょうだい。私あなたがいつか起きてくれるのをずっと待ってたわ。たくさん待ったぶん、たくさんかわいがらせてもらうわよ!」
そういいながら彼女はにこっと笑った。そしてくるっと振り返り、半開きになっているドアに向かって
「バルク兄さま! 何を隠れているのです!」
と声をかける。まだ人がいたのかと驚き、そちらを見ると半分開いたドアの向こうから
「兄だ……バルクヴィット」
ずいぶん手短な自己紹介が聞こえてきた。こっちにはどうして来ないのか聞こうと息を吸う。声を出そうとした瞬間、激しくせきこんだ。目が覚めてから一度もしゃべらなかったから気が付かなかったが、生まれてからずっと眠っていたなら声を出したこともないのだ。
突然流ちょうに話しだせるわけもなく、咳のし過ぎでじわりと涙が目ににじんだ。
ゲホゲホと突然せき込みだした僕に慌てる父と母と姉。わたわたしながら背中をさすったり背中をさすったり背中をさすったりしている。それ以外に知らないみたいで思わず笑ってしまった。すると三人はそれはそれは嬉しそうに笑った。なんだか不思議な気持ちになっていると、エリー姉さまとバルク兄さまがドアを挟んで押し問答し始めた。
「ほら見なさいこんなにかわいいのよ!!」
「でも俺は子供にいつも怖がられてしまう……」
「メルを見かけで判断するような子だと思ってるの!?」
「そういうわけでは……」
「うちのメルを侮ってもらっちゃ困るわよ!」
「ハイ分かったら来る!」
話すのはさっきが初めてだったのに随分と信頼されたものだと呆気に取られていると、ゆっくりとドアが開いた。バルク兄さまとやらはそんなに怖い姿をしているんだろうか。じっと見ているとぬっと驚くほど身長の高い男の人がこんにちはした。
バスケの試合とかしたら圧勝だろうな。というかお父さんより背が高いんだな……とぼけーっと見ているとバルク兄さまはこちらをじっと見つめてきた。といっても身長差がありすぎて顔がよく見えないため憶測だが。心なしか不安そうにしている気が……しなくもない。
どうにかこちらが怖がっていないことを伝えたい。しかし声は出ないし、さっき起きたばかりの子供が急にジェスチャーしだすのもどうかと思う。文字なんてもってのほか。というか日本語は通じるだろうか?なんだか外人みたいな名前だし、髪も目も黒くない。……まあそれは置いておいて、今は兄さまだ。
どうしたものかとしばらく悩み、ふといい考えが思いつく。体は少し痛いが起きた時ほどじゃない。手を横にめいっぱい広げてハグのポーズだ。これでどうだ。