続・回想です。「忘れもしません。すべてを失った僕にもたらされた第2の光――」
「さて久々の更新ですが、異世界からの来訪者なんて僕みたいなリアル男子学生にはどう信じ込ませればいいのでしょうね」
「そこで世界観を同じくする別作【反逆のMYTH】の主人公たるこの俺、明星三太の出番さ」
「はあ」
「ここにたまにゲストで登場する俺はあっちの“シーズン4”にあたる時系列だが、ネタバレになりすぎないよう注意するよ」
「はあ」
「メルさんとの仲睦まじい一時を邪魔すンのも忍びないしな」
「それは別に、全然まったく果てしなくどうでもいいですが」
(ヒソヒソ、おいアイツさ。名前違ェけどネットで有名な、例のアレじゃねーのか?)
(ボソボソ、あんま見んな。緘口令も敷かれてるし、近づくとロクなことにならねえ)
(ふうーん、流出してる写真よかイケメンじゃんよ。背ェ高くてガタイもいいしさあ)
(ちょっと、何考えてんの。関わればアンタまで人生終わり、一生オモチャになるよ)
――こうして後ろ指と陰口を浴びせられ続けもう何年になるでしょうか。でも恥じることはありません。僕はここで今度こそ、人生をやり直すと決めたので。
『4、5、6。フウッ――疲れた』
そして今さら周りに受け入れられようとも思いません。陽の当たる所にいられなくとも日陰がある。ひとり静かに、自分のしたいことをして生きるだけです。
『よし、目標の100kgも近いな』
それが筋トレでした。健全な精神は頑強な肉体に宿る。これが真っ当な生き方への第一歩です。道を外れたこんな――僕なりの。
* * *
『はい3セットめ行きますよ。1、2、3、4、5、6と』
『ウッ、うおおっ!! ヒッ、皮膚が裂けるッッ!! 大胸筋が地割れるゥゥッ!!』
『落ちついて下さい。フォームを安定させるように』
『ヤッ、やばいっ!! 軌道上の乳首も弾け飛び!! 紅いミルクが出ちまうッ!!』
『さあ、あとラスト1回ですから頑張って下さいね』
『ウッ、ウボァー!! うごごご……ぐふっっ!!』
『ここ賃貸ですよ。さっきからうるさいですね……』
『ああ……あっ、ああ~ッ!!』
『はい、今日の鍛錬は終わりです。お疲れ様でした』
『うう……あっ、あざした……』
そう思っていたのに、何の因果か新たなつながりが生まれました。他者に頼らずに孤独をも楽しめる、そんな優れた人間を目指す僕に友人など不要でしたが、
『ああ、中身がないやつほど人脈作りと称して他人の力頼りにせわしなく歩く。行動力と落ちつきのなさは大概イコールなンだよ』
『はあ』
『コミュ力磨きは自信のなさの裏返し。それ至上主義で周りにも強要する。でもそれは連中の常識であって俺ら日陰者のじゃない』
『ええ……かもしれませんね』
『とにかく渋谷に住んでてあえて引きこもり、ストイックに筋トレも楽しいよ。着実に自分がレベルアップしてンのがわかるから』
『確かにスゴイですよね先輩。未経験からこんな短期間に、ベンチ70kg到達だなんて』
『これも異世――いや、向こうで土台を、体力を作ってあったおかげかな? ヒック』
これが第1の関係。ひょんなことからウチの器具を貸している、隣人である大学の先輩。僕なんかといても億害あって一利なしだというのに物好きな人です。
『現実逃避にのめり込んでた俺を救ってくれて本当に感謝してる。ありがとうカゲン』
まあ、付き合うにあたって考えや境遇が近かったのが幸いだったのかもしれません。
筋トレ後にストゼロという名の劇薬を飲んでしまうような意識の低さと、酔うと“異世界体感MMORPG”がどうしたこうしただの言う悪癖には閉口しますが。
* * *
そして第2の関係、あれは忘れもしません。令和2年4月29日GW初日のことでした。
「なっ!? 全裸の男ォッ!?」
先輩を帰したのち普段通りトレーニング後にシャワーを浴びていたその時、心臓が膨れ上がるほど驚きました。狭い浴室で目の前に突然女性が現れたのです。
「アナタ、なっな――何ですか」
一体どこからどうやって、ここに。日々のたゆまぬ鍛錬の甲斐あり多少のことには動じなくなった僕でも、さすがにこう言うだけでそれはもう精一杯でした。
「貴様何者じゃ! わらわを手込めとする気か!!」
さらに度肝を抜かれたのは、なんと携えた刀剣らしきモノを躊躇なくこの首に振るってきたことです。
あっ、あぶない。照明の光を受け輝く、滝をも斬るような白刃を間一髪で避けます。
「え゛っ!? かわした!? わらわの剣をっ!?」
「……」
「いや違う――この違和感は。身体が“重い”ッ!?」
一体全体皆目ワケがわかりません。でもとにかくこのままでは。「落ちついて下さい」と彼女の握りしめる凶器、いや狂気を取り上げるべく手を伸ばします。
「なっ、離せ! クッ、何じゃこの力と速度は!?」
抵抗する女性の腕を、しかも全裸でつかむこの絵面の何とまあアレなことか。僕に非は一切合切全然ないとはいえハッキリ言って超アウトで複雑な気分です。
「うごふ!!」
そんなもみ合いのさなか、僕の肘が彼女のお腹へ。
「がはっ!? ばっ、ばかな、このわらわが!? すまぬ――国の者たちよ。どうかお許しを――父上」
それっきり女性は床にうつ伏せとなり、雨のように身を打つシャワーの中微動だにしなくなりました。
薄紅色の湯水が排水溝へ引き込まれていきます。エッちょっまさか。いや待って、この程度でそんな。
「落ちつけ……心も鍛えてこそ筋トレだ。ブツブツ」
とにかく起きてしまったことは仕方ない、善後策をとらなくては。そう、まだ息があるかもしれない。溺れさせてはまずいので、身体をあお向けにさせます。
「何だこれ……。本物、なのか」
さっきは気にする余裕もなかったですが、足元に転がる剣といいこの格好は、まるでファイアーエムブレムとかのゲームに出てくる女騎士みたいな鎧姿です。
触れればわかるこのリアルさ。コスプレ衣装なんかまるで目じゃない質感は、それはもう半端ありません。不意にさっきの先輩の言葉が脳裏をよぎりました。
そんな、まさか。ここでない世界が云々なんて最近流行りの小説風娯楽作品、あるいは限りなく活字に近い何かでなくば先輩の世迷言だけでたくさんなのに。
「嘘だ……こんなのありえない」