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食事なのじゃ! 「鼻孔をくすぐるこの香り! 油のはねは拍手喝采のよう! 心を奪うカルビの焼き色! チーズのとろりとした手触り! 五感のうち4つも支配されてしまったぞ!」

 人生山あり谷あり七転び八起き、禍福は糾える縄のごとしとはまっことよく言ったもの。


「さてさて、今日は何にしましょうか」


 わらわにとってのそれは過酷な鍛練のちの美味なる食事。そう、これがあるからこそ日々を乗り切れるのじゃ!


「ふおおっ、絶景かな絶景かな!! この肉、にく、ニクの山の紅白の美しさたるよ!!」


 台所の卓上にはわらわの生まれ育った国では極めて貴重にして、我ら王族といえども滅多に口にできぬモノが悠然と鎮座しておった!!

 それがここでは極めて安価で常に新鮮な状態で手に入るという。かような世界で修行を積めることをわらわは天に、心より感謝した!!


「おおお、これなど特に美味そうじゃ」

「カルビ、という肋骨周辺の部位です」

「牛のッ、肉ッ!! さ、ささ、さようか!? ままま毎日食べられるのかこれがッ!?」

「さささ、さようです」

「でっで、ではこれは。ややもすれば臭いとも言える可笑しなニオイ、されど妙に食欲をそそられる白くて薄くて細々としたこれは!?」

「チーズ、という旨みとタンパク質が一挙に詰まってるものです。あとで溶かし入れます」


 “ふらいぱん”なる片手鍋を“こんろ”という竈で熱し油を敷く。薪もなしに一瞬で火を起こせるとは、いつ見ても大層素晴らしい発明よ。

 そこに師匠が慣れた様子で“かるび肉”なる禁断の食材をどさりと、惜しげもなくこれでもかと投げ入れるッ!!


 “ジュウウウ!”


「あっ、ああ!! ああああああ!!」


 ああ肉が、色がッ! 血のような赤からそれはもう甘美なる桃色へと浄化されてゆくッ!

 白煙とともに湧き立つこの香り、油のはねる小気味いい音はさながら凱旋式の民の声!! 戦より帰郷したわらわを称えるかのよう!!

 そして別の器の中に広がるは一面の銀世界! この世界の主食“コメ”というモノらしい。その白さたるやそびえ立つ雪山のようじゃ!!

 そこへ先ほど焼いた肉が、刻まれた“ねぎ”がどさり覆いかぶさり雪原が一瞬にして大地の茶と木々の緑豊かなる大自然へと変貌する!!

 これぞ四季の訪れよ!! 今まさに新たなる春が、その生命の揺籃の中に芽吹いたッ!!


「気が散るのでちょっと黙って下さい」


 そして師匠はまた他の皿に手をやる。


「よし、仕上げにチーズを流し込んで」

「わっ、わわ!! わあああっっ!!」


 こっ、これは実に形容し難き不可思議な香りよな。立ち込めるそれとともに肉の上へ白色の粘液がドピュリ注がれドロォリ広がりゆく。

 試しに一口舐めさせて頂くとなんとまあ豊かなコクと深き旨みよ。言うなればこれは明日への活力、魂の塊を溶かしたモノに相違ない。

 小匙一杯のみでかような有様であるにも拘わらず、さらにそこに広がりしは脂と旨みで煌めく肉の森を器一杯縦断しておる純白の大河。

 もはや食の域を超越せしめたり! 欲望でなく精神を満たさんがため清き聖流での沐浴に臨む信教と同義ッ!!


「チーズカルビ丼完成です。トレーニング後の30分以内に食べるのが効果的ですから、熱いうちに頂きましょう」


 ゴクリ。つっ、ついにこの時が。されどはち切れそうな希望の影で一抹の不安がよぎる。

 何せ口に運ぶ前より本能でわかる美味さじゃ。その衝撃で死んでしもうたりなどとは――


「確かにボリューミーです。しかしそれでいい。カロリーを充分摂らなければ筋肉を造る土台が育ちませんから」

「“かろりい”。確か熱量という意味であったな。喰らい過ぎると肥え太る、というのはどこの世界も同じ道理か」

「まずタンパク質を多く摂取するのが絶対条件。ですが実は同じくらいの炭水化物も必要になるということです」

「……」

「それらの面で牛肉と米のタッグはコスパ最高。某ヒーローが“牛丼一筋300年”好むのも伊達じゃありませんね」

「……ごくりっ」

「ですが炭水化物は良くも悪くもエネルギーの根源。筋トレを続ける過程での体重増は避けることはできません」

「……じゅるり」

「あなたはどちらかといえばスレンダーな体型です。その女性らしいしなやかさを、捨て去る覚悟はありますか」


 眼前の丼より沸き立つ白煙、それを見ては紡ぐ言葉はただのひとつのみよ。わらわは合掌ののち力強く応えた。


「頂きます!!」

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