序章なのじゃ! 「ムチのちアメ! 地獄(うんどう)のち天国(しょくじ)! この世界は食の理想郷! 肉の聖域なり!」
「ねえ姫、何ですかこれ。特に前半部分」
「え? 申した通り、ありのままの体験を書いておるのじゃが」
「そうではなくてですね。君には恥じらいというものは――」
「?? えっ、何がいけないのじゃ?? どん底のあとの希望、苦しみのあとの喜び。それを克明に表しただけなのじゃが」
「……君の心は純粋なのですね」
「トレーニングにおける肝とは。それはすなわち“量より質”の他になし、です」
「むっ、それはどういう意味じゃ?」
「筋肉の成長には負荷が不可欠。ゆっくりじっくり、重さを意識して動くのが重要なのですよ」
「ほう」
「だから回数は少なくてもよし。そもそも“つらくて量をこなせない”のが筋トレと言えますね」
「成程、納得したぞ! ――しかし、ならば先刻突然回数を増やしたは何故ぞ」
「時には限界を強引にでもブチ破る必要もあります。これもまた次なる進化に必要なことです」
「ふむ、騎士の心得とも通ずる奥の深さであるのう」
さあもう1度、との激励を受け再び始まった上体起こし、その5“せっと”め――
「あああ!! あっ、ああんっ!!」
「呼吸を意識し、もっと強く締めて」
「あふッ!! いっ、うううッ!!」
「そうその調子、とてもイイですよ」
「んはっ!! えっ、おぐ! あ!」
「そこ、君はそこが弱点です。集中を切らさないで」
「ひはっ!! ひっひふうーッ!!」
「今まさに使ってるところ、お腹から下に神経を研ぎ澄まして。もっと息んで」
くう、んはあんっっ!! 意気込んで臨んだはよいもののやはりつらいわ!!
この重さと痛み、例えるなら鉱山の奥深くで火薬を爆裂させ崩落する岩の雨を受けつつ跳躍!
重みに耐えつつ怯まず上昇し続け最後は天辺を突き破り山頂より脱出、それほどの重圧じゃ!
「いっ、逝く!! 逝く、ゥッ!!」
「そうです、そろそろ天国が待ってますよ。君の大好きでたまらないアレがね」
「もぉダメェ!! 我慢できぬ!! だめじゃ駄目じゃダメじゃあああっ!!」
「ここ賃貸ですよ。さっきからうるさいですね……」
あっ。
あ……あっ。
あああぁぁぁ~~~~ッッッッ!!
「よしラス1。はい、今日の課題は終わり。お疲れ様でした」
「うう……まっことかたじけのう御座いました……」
ウボァッッ!! うごごご!! 下腹部よりこみ上げ蠢く熱きモノを感じる。
それはまさに熔岩のごとく臍より溢れ出で、皮膚ごと溶かし上下半身を分断するかのよう!!
なれどこの重力の中での上体起こしの10かける5の計50回! ついにやり遂げてやったぞ!!
「目が虚ろ、汗と唾液で顔はグシャグシャ、両腕両脚も痙攣してる――少しやりすぎましたか」
だが悲しいかな、達成した喜びよりも味わった苦痛の方が遥かに勝り、師匠も師匠で自覚があるのか珍しく慌てておる。
ならば端からもっと楽な課題をお与え下さればよかろうに!
「すみません、もう少し君に合った内容に練り直すとします」
ひっ、ひとまずアレじゃ――。今はアレが欲しい。
「そうですね。そろそろご褒美の時間にしましょう」
歴戦の猛者も裸足で逃げ出すほどかように熾烈なる鍛練、始めてまだ間もないにも拘わらずよく耐えられると思わぬか。
その理由はアレがあるゆえじゃ! 全身が軋みひび割れ砕け散りそうな痛みもそれを口にすれば全快! というアレが。
良薬は口に苦しと言うが、むしろ美味すぎて両頬がどさり落ち、床を穿ち抜くほどのアレが!
「さて、今日は何にしましょうかね」
「ふおお!!」
卓上にある無数の包み。“らっぷ”という透明なる膜越しに見える中身は多様なる種類の獣肉!
そう飯じゃ! 見るだけで涎の滴るほど新鮮で美味い飯が大量にあるのじゃ、この世界には!
「そこまで大げさに驚くことですか」
「師匠が仰る肉体造りに良いこれらは全部悉く何もかも例外なく、あちらでは貴重なのじゃ!」
「はあ」
「それにこの冷気を無尽蔵に発する魔法の箱! ここに入れておけばずっと保存できるのであろ!? 夢のようじゃ!!」
「まあ早く食べた方がいいですがね」
「早く作って下さりませ! 焦らされるとおかしくなってしまいそうじゃ!!」
「君も早く見て覚えなさい。家事もやってもらう条件で置いてるんですからね」
「ふおおおおおおおおお、っっ!!」
というわけでこれより食事じゃ! 豪勢で美味なる夕餉をたらふく頂くぞ!!
嗚呼、口に含んだ瞬間押し寄せる至高の快楽と充足感を思えば今から涎が滴ってたまらぬ!!
そして渦巻くそれらに為すすべもなく呑み込まれ、恍惚の海へと消えゆくわらわの運命は!? 次回乞うご期待じゃ!!
(やれやれ逐一うるさい人だ。――悪い気はしませんが)
「何か言ったかの師匠」
「何でもありませんよ」
「それはさておき早く早くっ! 早にわらわの口に極上のモノを! 楽園へと連れて行って下され!」
(……僕の心が汚れてるだけなのか)