新連載なのじゃ! 「まずは腹筋じゃ! だがこれはきつい、きつすぎる! 腹の中がジュウジュウと、赤熱輝く鉄板じゃ!」
「はい、息吸って。吐いて、吸って」
「ふっはっー!! ふっはっー!!」
「そう、その調子。ではラスト3回」
「ふっはっー!! ふっはっー!!」
「2、1、0、5」
「ちょっ、ちょっと師匠!? 何故戻すのじゃ!? というか増えておろうが!!」
「限界を超えねば鍛練とは、超えさせねば指導とは言えません。黙って続けなさい」
「ううっ、武術指南役のじいやばりの厳しさよな。幼き日のしごきを思い出すのう」
「私語は慎む。口を閉じて集中、言葉をつぐんで専心です」
「むうう!!」
居城の他に使用人たちへの住まいとして貸し与える別邸のような、賃貸集合住宅なる処の一室にて。
そこの“ふろーりんぐ”とかいう床材の何とも心地良き冷たさとは裏腹に、わらわの肉体は今まさに燃え尽きんばかりの赤熱を帯びていた!
「はいOK。ひとまずお疲れ様でした」
「ゼハーッ、ゼハーッッッ――!!」
うう。腹が内臓が骨が筋肉が、全身のすべてが慟哭し体温も激しく上昇しておる。
そう、それは熱き血潮がすべて干上がり枯渇するほどに。額に首や乳房と腋下、全身よりくまなく滴る汗はまるで轟々と流るる滝のよう。
否ッ、よもやこれは汗でなく蒸発した血の成れの果てか。魂の赤までも燃え尽きて、無色という名の屍と化した残り滓かと見紛うほどよ。
「ああ、わらわには聴こえるぞ。脂肪の悲鳴が、断末魔が」
アツイ、タスケテ、ヤケシヌ。その渇いた叫びがこの胸を突き刺し耳をつんざく。
これまで幾度も過酷な修練を積み、数多の戦場に赴いては勝利を重ねてきたこのわらわがまさか、苦悶のうめきを上げる方に回ろうとは。
しかもこれはあくまで訓練に過ぎぬというになんと過酷なのか。わらわのこれまで歩んだ路も所詮は童の飯事遊びに過ぎぬとでも申すか。
そう思わせるほど極めて酷薄でどこまでも無慈悲で、果てしなく容赦なき奈落の鍋底が確かにこの場、まさしくこの時にあったのじゃ――
「腹筋程度で例えが大げさ過ぎます。さあ、30秒休んだらもう1セットいきますよ」
「ふええ、正気なのかの!? では後生ゆえせめて3分、いや30分頂戴したくッ!」
「強くなりたいのでしょう。まさか【最強の姫騎士】様の力はこの程度なのですか」
「むむむ、あいわかった! わらわもひとりの武人、しかと完遂してみせようぞ!」
ぬうっ、しかし生まれ育った我が世界と比べこの、全身が空気に潰されるがごとし呼吸もままならぬ重苦しさはやはりまっこと峻烈なり!
幼少の頃より朝餉前であった上体起こしひとつにもよもや、これほどの負荷がかかるとはの――!!
“ピンポーン”
「宅配だ。ちょっと待ってて下さい」
――だのに他の者は難なく動きおる。悠々と活動してみせおる。まるでわらわを嘲笑うかのごとく。
挙げ句の果てにこの師匠めは“べんちぷれす”という、より馬鹿げた重さの鉄塊を、平然と幾度も軽々持ち上げてしまいおる始末なのじゃ!
「注文していた新作のプロテインが届きました。終わったら頂くとしましょう。いやあ楽しみですね」
最強の姫騎士、稀代の剣聖、二物を与えられし女傑――それが現世での我が二ツ名であった。されど異界ではその技に冴えも鋭さもなし。
それはこれまで飽きるほど斬り伏せてきた有象無象の雑兵も同然の有様。師匠曰く【重力】なる“空気の重さ”が何倍も違うゆえにらしい。
何たることか。自信が失せ心が折れ、今まで築き上げてきたモノが一瞬で風の前の塵となってゆく。
* * *
「ならば逆に考えればいいでしょう」
しかしこの一言がすべての始まりであったのじゃ。これまでこなしてきた修練が“この重力で”でこなせれば、わらわはもっと強くなれる!
幸い今しばらくは向こうと往来は自在のようじゃ。帰郷した暁には力はより一層の力となり、神速は神速を超えし神速と化すに違いない!
「というわけで、是非このわらわめにご指導をば! 強くなりたいのです、国を救いたいのです!!」
「ここで暮らす気ですか。身体を鍛える器具を貸与し、筋肉を育てる食事も面倒みろと言う気ですか」
「うっ。厚かましいのは百も千も万も億も承知ッ! そこを何とか、何とかお頼み致しますれば!!」
「僕には何の得もない話なんですが」
「お願いに御座いますッ!! わらわにできることであれば、それはもう何でも致しますゆえッ!!」
「ほう、何でもですか。そうですか」
ショーマ・カゲン殿。わらわはこの御仁に弟子入りし、修行を積むこととなった。
期限は敵国に王都が攻め落とされるまで、向こうでの半月に相当せしこちらでのおよそ1年の間。すべては我が国、我が民を救うために!
「お早う御座います師匠ッ! 本日もどうぞよろしくお頼み申し上げますればッ!」
「その前に今月の生活費を入れなさい。筋トレで最も重要なのは食事なんですから」
さて、次回よりは早速ここに至るまでの経緯に切磋琢磨の日々、その諸々を赤裸々に紡いでゆくぞ!
さあ、耳ある者よ聞け、指ある者は頁をめくり、眼ある者刮目せよ! 鼻ある者更新を嗅ぎつけ、口ある者は閲読の誓いを言ノ葉で示せ!
これぞわらわ一世一代の、絶体絶命の定めに抗い勝利を手にするまでの奮闘記! 題して【最強姫騎士の限界筋トレ日誌】の開幕である!
「読んで頂くには態度が尊大ですね。まあ君らしいですが」




