1話 討滅の証
人類は発展を遂げると共に闇を抱く。
戦争で憎悪が増し、私利私欲が人の心を狂わせる。そしてその醜い負の感情はやがて人の心を離れて肉体を得て世界の驚異となる。
『狂魔』
ある人がそう呼んだがために日本国内ではそう呼ばれるようになった異形の化け物。
妖でも怪異でもない人の心が生み出した化け物は人を襲う。
人を襲うことで化け物は新たな恐怖や憎悪を生み出し、それを糧に成長する。
いつから存在していたかは定かではない。ここ数十年で頻繁に出現することが多くなったのは確かであり、そして近年この狂魔による被害が増えているのも事実。
人が人を襲い、その人の中に生まれた恐怖や憎悪が人を襲う化け物を生む。
増えていく狂魔の影に日本はある組織を立ち上げた。
『天護星団』
狂魔を討ち滅ぼすために訓練を受け、そして討ち滅ぼすための力を持って人々を救う者たちが集うその組織は今、国内にて増え続ける狂魔を駆逐するために人類を代表して立ち上がる……
******
夏、日本本土より離れた場所にある島。
緑の多いこの島には人口二百人ほどで、本土とは異なって緑豊かであり、海に囲まれた島故に漁船も多く停泊していた。
その島の中に町に一人の少年がいた。
「イヤッホ〜ィ!!」
下り坂を駆け抜けるかのようにスケボーを走らせる学生服を着た青髪の少年。
加速するスケボーに身を任せ、流れに身を任せる中で風を感じ取る少年は人目など気にすることなくスケボーを走らせていた。
「フゥ〜!!」
妙にテンションの高い少年は坂を下り終えると巧みなスケボー捌きで速度を落とすとスケボーを止め、スケボーから下りると少年は左手にスケボーを持ちながら歩いていく。
少年の歩いていくその先には建物があった。
学校の校舎だ。木造の校舎は昔からあるのかその外観ならどこか歴史を感じさせ、その外観はこの緑に包まれた島の中では神秘さのようなものも感じさせてくれる。
その校舎に向けて歩く少年は何故か誇らしげに胸を張りながら呟いた。
「……よし、補習頑張るか」
少年は校舎の中に入って下駄箱で靴を履き替えると廊下を歩いていき、一階の一番奥の教室の前まで歩いていくとその教室へと入っていく。
「先生、おはようございま〜……」
元気に挨拶、とでも言わんばかりに少年は元気よく扉を開けながら中にいるであろう教師に挨拶をしようとしたが、扉を開けた少年はその先にいた人物の姿煮驚くしか無かった。
黒板があり、生徒数が数人だけだからか机と椅子は三人分ほどしかないこの教室。
その教室の席の一つに白髪の顔つきの悪い青年が机に足を乗せて椅子に座っていたのだ。
袖のない、青いコートのような衣装に身を包んだその青年は扉を開けた少年の方を睨むかのような視線を向け、視線を向けられた少年は恐る恐る青年に訊ねた。
「あの……ここ、今日の補習の場所であってますよね?」
「あ?」
「というか、島の人ですか?
初めて見る気が……」
「……オマエが久遠響希か?」
恐る恐る質問する少年の名を確かめるように青年は睨むような眼差しを向けながら少年に問う。
問われた少年は生唾を飲むと頷き、少年が頷くと青年は机から足を下ろすとし少年に座るように隣の席を指差す。
「さっさと座れ」
「は、はい……」
言われるがままに恐る恐る座る少年。
少年が座ったのを確認すると白髪の青年はどこからかファイルを取り出すと少年に向けてファイルをの中の資料を読み上げていく。
「久遠響希、十五歳の高校一年。
二日後の八月八日に十六歳になるこの島で育った男だが、勉強に関しては壊滅的で補習してもどうにもならないほどの頭の悪さで学校側も手を焼いている。
だがそれに反するように運動神経だけは高く、自慢の運動神経を生かしたスケボーが得意」
「何でオレのこと知ってるんですか?」
「……知らねぇよ。
ここに書いてるのを読んでるだけだ。
オレはオマエみたいなバカなんて知らねぇよ」
「はぁ!?
アンタ今オレのことバカって……」
うるさい、と青年は少年……久遠響希を黙らせようとファイルを投げ、投げられたファイルは響希の顔に命中して彼を黙らせる。
ファイルが顔を直撃した響希は痛そうに顔を押さえ、響希が痛そうにする中で青年は彼にある話をした。
「オマエが何を得意で何が苦手かはどうでもいいことだ。
オレがわざわざ何も無いこの島に来たのはそんな話をしに来たかったからじゃねぇ。
久遠響希、オマエ……この島を出る気は無いか?」
突然の青年の言葉、島を出る気は無いかと言う彼の言葉に響希は訳もわからず首を傾げてしまう。
首を傾げる響希の反応は想定していたものだったのか青年はやはりと言わんばかりにため息をつき、ため息をついた青年は響希の目を見ながら彼に詳しく説明しようとした……が、突然の出来事が重なるかのように青年のそれを阻む。
どこからか聞こえてくる爆発音、そしてその直後に警報が鳴り響く。
人口の少ない島故なのか、それとも万一の備えが幸をそうして機能したのかは定かではないが爆発音から警報までの流れはどこかスムーズに思えた。
その流れのスムーズさに青年が関心する一方、何が起きたか分からない少年は何故か慌てている。
「落ち着けガキ。
何かあったならこの町にいる大人が何とかする」
「違うんだ……じぃちゃんが!!」
「あ?」
「じぃちゃんが危ない!!」
響希は立ち上がるなり慌てて教室から飛び出し、そしてその勢いのまま廊下を走っていく。
何を慌てているのやら、と青年は呆れた様子でため息をつき、青年がため息をついていると何やら着信音が鳴る。
着信音が鳴ると青年は身に羽織るコートから携帯電話を取り出し、着信に応じるように携帯電話を耳に当てる。
「何だ?
……ああ、その事か。
こっちは手筈通りに対象に接触したが、何か騒ぎが起きて対象が逃げた。
……心配はない、必ず目的は成し遂げる」
誰かと話す青年、話を終えると携帯電話をコートの中に戻し、もう一度ため息をつくと青年は立ち上がって首を鳴らすと教室を出るべく歩き出す。
「ったく、手間かけさせやがる」
******
警報が鳴り響く中、響希は一目散に走っていた。
行きは下りだった坂も今では上り坂、急いでる時にかぎって体力を削ぐこの坂をなんとか上りきった響希は息を切らしながらさらに走っていく。
響希が向かう先、その先には何やら黒煙が目印の代わりになるかのように天に向けて上っていた。
「あの方向……やっぱり!!」
黒煙の存在、その黒煙が上がる方向から響希は嫌な予感を確信に変えると息を切らし疲弊しながら走る中でその足を速めるように急いでいく。
急いで走る響希、数分ほど息を切らしながら走ったところで黒煙が上がっている民家の前まで来ると慌ててその敷地へと入っていく。
黒煙が上がる民家、広い庭があり、瓦の屋根の家の離れには小屋のようなものがある。
その民家の庭で軽トラックが炎上していたのだ。
「じぃちゃん!!じぃちゃん!!
いるなら返事をしてくれ!!」
軽トラックの炎上を目の当たりにした響希は何度も叫ぶが、彼の呼びかけに何も反応はない。
返事が来るまで叫ぼうとする響希、するとその響希の声に反応するかのように離れにある小屋から人が出てくる。
「はぁ……はぁ……」
「じぃちゃん!!」
小屋から出てきたのは白髪の老人、それも頭から血を流していた。
頭以外にも手足は何やら怪我をしていた。
その老人を見るなり響希は慌てて駆け寄り、響希が駆け寄ると老人は苦しそうに彼に伝えた。
「に、逃げろ……。
アレが……出てくる……」
「アレ……?
何を……」
「ガァァァァァァア!!」
アレが出てくる、老人の言うアレが分からない響希が訊ねようとしたその時、小屋の中から雄叫びのような声が響いてくるとともに小屋を壊すように中から何かが姿を見せる。
蜥蜴のような禍々しい頭に無数の棘に覆われた尻尾、二本の足で自立している異形のそれは血のような赤い眼で響希を見つめる。
「な、なんだよアレ……!?」
初めて見る異形の化け物を前にして響希は老人を連れて逃げようとするが、老人を連れて逃げようとする響希のあとを追うように化け物はゆっくりと歩を進めて向かってくる。
向かってくる異形の化け物から早く逃げようとするが、怪我をした老人は響希のように早くは動けない。
何とかしなければ、そう思った響希は老人を身を呈して守るべく前に立つと庭に転がっている石を手に取っては化け物に向けて投げていく……が、投げた石が当たっても化け物は止まろうとしない。
「クソ!!クソ!!クソ!!
あっちにいけよ!!」
何とかして追い払いたい響希、だが石を何度も受けた化け物は人が苛立つかのように唸り声を上げると足に力を入れて走り出そうと構えた。
このままじゃまずい、響希はそう感じるも為す術もない今のままではどうにも出来ないと諦めかけてしまう。
その時だった。
「諦めるのか、久遠響希」
響希が諦めかけた時、どこからか声がした。
声がした方に響希が顔を向けると瓦屋根の建物の屋根の上に先程の青年が立っていたのだ。
「アンタは……」
「何も出来ないと諦めて狂魔から逃げるのか?
何も出来ないまま糧にされるべく食い殺されてオマエは後悔しないのか?」
「オレは……」
「生きたいなら掴み取れ。
オマエの中にある『覚悟』をな」
「覚悟……?」
「見せてみろよ。
オマエのその意志の強さを」
青年が何を言ってるのか分からない響希の頭の中は最早パニックを引き起こしかけていた。
だがパニックになろうとする中で彼の本能だけは違った。青年の言葉を受けたからか、生きたいという生存本能がそうさせるのかは分からないがとにかく彼の本能だけは青年の言葉に応えようとしていた。
思考が乱れ、本能が青年の言葉に応えようとする中、響希はただ一つの事を頭に浮かべた。
「……生きたい……」
(オレは死にたくない……!!
オレは……じぃちゃんを守って……)
「生きたい!!」
頭に浮かべた思いを言葉にするように響希は叫び、響希が叫ぶと彼の胸が眩い光を発していく。
発される光は彼の胸から離れ出るとそのまま彼の右手へと向かっていき、彼の右手へと達すると光は形を得て刃の付いた円状の武器に変わる。
チャクラム、そう言うのが相応しいのだろうか。
響希はその武器を手に取ると構え、響希が武器を構えると化け物は雄叫びのような叫び声を上げながら走り出し、走り出した化け物は響希を食い殺そうと飛びかかる。
「うぉぉぉぉ!!」
飛びかかった化け物を倒そうと響希は無我夢中で手にした武器を振り、振られた武器は光を発すると発した光を刃にして化け物の体を貫いていく。
光の刃に貫かれた化け物は鈍い声をあげると爆散するように消滅してしまい、化け物が消滅すると響希が手にしていた武器も消える。
そして、化け物を倒した張本人も気を失って倒れてしまう。
「……オレの見込み通りだな」
瓦屋根の上に立つ青年はどこか嬉しそうに呟き、そして……
******
同じ頃、遠く離れた高所から黒いフードで素顔を隠した謎の二人が響希と青年のことを見ていた。
そんなに近い距離ではない、だが二人は双眼鏡などを使うことも無く彼らを見ていた。
「あぁ!?
この島には狂魔を討ち滅ぼす力を持つ人間はいないんじゃなかったのか!?」
「あそこにいるあの男の仕業だな。
我々の思惑にはない異端児を潜伏させていたようだ」
一人の男が声を荒らげる中、その隣でもう一方が冷静に分析しようとする。
が、声を荒らげる男は隣の男の分析を邪魔するように意見した。
「どうするつもりだ?
例の計画がこのままじゃ破綻するぞ」
「計画に支障は無い。
このまま順当に用意していけばこの島はそのうち計画に適した場となる」
それに、と分析をしていた男は青年の方を見ながら声を荒らげていた男の言葉に対して付け加えた。
「あの男が生きているかぎりは我々の計画は閉ざされることは無い。
我々の理想郷はすぐそこにある」
「ちっ……。
なら次に行くぞ」
冷静に告げられた男は舌打ちをすると音も立てずに姿を消し、青年の方を見ていた男もそれに続くように消えていく……