戦闘と嘘
いつもよりピリピリとした空気が辺りに充満した渡り廊下を、緊張の面持ちで静かに動く三人組。
エルピスはもちろんグロリアスでさえ、何度も歩いた事のあるはずのただの廊下が、全く別のものにすら見えていた。
背後に居るエラとグロリアスがゆっくりと、それでいて確かな足取りで付いて来てくれている事に安心感を覚えて心の中で感謝しながら、エルピスはゆっくりと廊下の先にある扉を開ける。
数センチ程度のその隙間に技能を使用する事で物理を無視して通り抜けると、エラとグロリアスを同じ技能を使ってこちら側に引っ張る。
エラも隙間と隙間を移動するこの技能を持っていない訳ではないと思うが、エルピスの熟練度に合わせるのはさすがに難しいだろうとの判断からだ。
部屋の中には何時もなら甲冑やら絵やら色々な物が置かれて居るのだが、今日に限ってはその全てが何処かへと持っていかれた様で何もなく、ただ部屋の中で棒立ちする二人の人間の気配があるだけだった。
(いくらなんでも待ち構えすぎでしょ。あれじゃ敵、ここ通らずに帰るよ)
そう思いながら、いかにも隠れてくれと言わんばかりの設置方法で設置された物の陰に隠れ、じっくりと気配の主人を特定する為に〈神域〉を起動しようとした瞬間に、物陰の向こうから声が聞こえてきた。
「おっ! エルピスが入ってきたみたいだな。さてさて、何処だ?」
「──あんた本当にどんな勘してんのよ。私全然分かんなかったんだけど」
「ほらはやくかかってこいよ! 早くしないとどっちかが危険人物が潜入したって報告しちまうぞ?」
無数の短剣を腰にぶら下げ、いつでも戦闘に入れる体勢を取りながら青髪青目の青年、スペルビアは綺麗な長髪の茶髪を後ろでまとめたフィリアという名の杖を持った女性に対して、注意を呼びかける。
普通なら自身が確認出来ないのに、いきなり敵が入ってきたと言われても動揺すると思うのだが、疑問を口に出さず即座に警戒体制に入る辺り、近衛兵のお互いに対する絶対的な信頼感は、厄介だと改めて認識する。
本来ならば別の道を探すところだが、王の自室へはこの部屋を通らなければいけないのでこの場から引くわけにも行かず、エルピスは物陰に隠れながら隣に座るエラに指示を出す。
「エラはここで待機してて。あの二人が相手だとさすがに援護するのは難しいから」
「では私はその間に、次の部屋への扉を開けておきますね」
「鍵開けも出来るようになったの? 忍者みたいだね」
この世界において鍵開けをするのに一番有効的なのは、もちろん魔法だ。
空気中に飛んでいる魔素を鍵穴に投入し、魔力を使用することで魔素を空間に固定、そして開けるという方法がある。
だが逆に言えば魔法を使わずに鍵開けをする方法など殆ど無く、唯一あるとすれば技能を使わずに自力で鍵穴に何かを入れて無理やり開ける方法だ。
だがこれにはかなりのセンスが要求され、 不器用なエルピスには少し荷が重い。
それをいつの間にか出来る辺りさすがエラだなと思いながらエルピスは剣を抜くと、魔法を同時に使用しながら部屋にある照明全てを破る。
エルピスが使用した魔法は周囲一帯を暗くする魔法で、この城の中はもう既に目の前も見えないほどに暗くなっており、照明すら壊した今では完全なる暗闇となっていた。
「攻めてきたか。フィリア! 背後に飛び退け!! ーーハァァァッ!!」
「ちょっなに!? もしかしてエルピス君って剣と魔法両方使えるわけ!?」
「アルさんと剣で戦ってるとこ見てただろッッ! というか補助魔法あったらくれないか?! 力で押し負けてる!」
先に魔法職を潰そうと放ったエルピスの剣撃は、スペルビアの咄嗟の判断によってエルピスとスペルビアのお互いの剣が衝突するだけに終わり、エルピスとスペルビアはそのまま剣を挟んで睨み合う。
基本的に暗視系の魔法や技能は全員習得して居る近衛兵だが、その中でも戦闘が特に大好きなスペルビアだけが暗視を完全に極めて居る。
いまやこの暗闇でもスペルビアの目には真昼の様に写って居るのだろうと思いながら、エルピスは黙々と第二撃を開始する。
「あ、危ないじゃないエルピス君!! あんたそれ本物の剣ーーってスペ! 物理援護いる!?」
「スペって言うな! 物理援護は必要ねぇ! 魔法だけ封じてろ! 一瞬でも気ィ抜いたら死ぬと思ってやらないと負けんぞこれ!!」
特殊な魔法を使用しての仲間内のみでの会話をしている二人の声を聞きながら、エルピスは収納庫からとあるアイテムを出す。
エルピスが取り出したのは木製で作られた小さな四角い箱。
特にこれといって装飾はなされておらず、一見どこにでも落ちている角材のように思える。
それを頭上高くへと放り投げたエルピスは、ちょうどスペルビアの目の前の位置まで落ちてきた木材を剣で両断した。
「ーーーまさかッ!?」
暗闇が真昼の様に見えるーー確かに技能を使えばそういう風には見えるが、実際にはその場は暗いままであり、脳も暗い事は認識している。
そのまま〈暗視〉と呼ばれるこの技能は、暗闇で視界に入ったものを自動的に見やすくするというものであって、ようは究極的に暗い場所に慣れているという状況である。
その状態で目の前に光源ーーそれも太陽の光にも匹敵する、遠目から見ても眩しいと感じる程の物ーーを発生させられれば、自然と目は潰れる。
それが相手は確実に攻撃魔法が使えない状態だと判断し、完全に油断していた状況であれば、どんな生命体とは言え対応する事は不可能だ。
「ウワァァッ!!! 目が! 目がァァアァ!!!」
「一人目はこれで終わりっと。さて、フィリアさん、僕と遊んでくれますか?」
「あ、あんた本当にエルピス君よね? フードとか被ってるから顔は口元しか見えてないけど、エルピス君で合ってるわよね? ね? スペルビアも死んだりしてないわよね?」
「ーーフフフッ」
「そのニタァって笑い方辞めなさいよ!! もう分かったわ! 貴方を敵だと思って全力でやってあげる!! 超級氷魔法〈氷水爆発〉」
氷と水の複合魔法は小さな部屋を蹂躙するには十分過ぎる威力であり、邪神の障壁に防がれエルピスは無傷だが、部屋の中から足場がいまいる場所以外から消える。
巻き込まれてスペルビアが凍りついているが、視界の端でグロリアスが焦って動き出したので特に問題はないかと意識を戦闘にもどす。
何故ならいま放たれた魔法の効果はまだ続いており、もし氷の上に足を乗せようものなら、そこから氷漬けにされるのが確定しているからだ。
更に追撃が飛んでくるがそれは邪神の障壁で防ぎ、エラの障壁もしっかりと作動している事を確認してから魔剣を懐からだした。
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「短剣? そんな物投げてきても怖くないわよ!」
「でしょうね。まぁ剣をわざわざ投げる意味も有りませんし、そんな事はしませんけど」
エルピスの手が一瞬消えたかと思えばいつのまにかその手には闇よりも黒い短剣が握られており、フィリアは万が一を考えて物理障壁を二重にかけ、目の前との敵と距離を数歩ほど開ける。
言葉には出せない直感。
だが近衛兵として培われた戦闘経験と天性の何かが、危険信号を頭の中でうるさいほどに鳴らし続ける。
この状況を打破するには先手を打つしかない、そう思い魔法を放とうとした瞬間ーー首元を剣が通り過ぎていく。
「ーーなっ!? どうやって!」
どう控えめに見ても六メートルはある両者の距離。
その距離から長く見積もっても五十センチ程度の武器を振るったところで、本来ならば当たるはずが無い。
それに対して魔法使いであるフィリアの思考の一番最初に浮かんできたのは、転移魔法で時空と時空を繋げて腕だけをそこに通し、フィリアに対して攻撃を仕掛けるというものだ。
だがその方法をするには余りにも魔力反応が少なく、どう控えめに見積もっても魔法を使ったとは到底思えない。
ならば別の要因があるはずーーそう考えたフィリアの目の前で、少年は疲れたとばかりにため息をつく。
「もう辞めませんか? 言ってしまうとあれですが、フィリアさん今死にましたよ?」
「傷の一つも無いのに死んだ? 冗談は次の機会にして欲しいわね」
「……ゾンビプレイはあまり褒められたものではありませんよ?」
口では軽口を叩き合う二人だが、その実、確実に不利なのはフィリアだ。
確かに魔法のみで戦えば、広範囲を破壊する魔法を禁止されグロリアス達に被害の及ばない程度の魔法しか使えないいまのエルピスに軍配が上がる事はまず無いだろう。
エルピスは基本的に相手と同じ条件で戦う事を好んでいるが、とはいえこの場に居るのはエルピス・アルヘオでは無く、ただの盗人という設定だ。
ならばわざわざ魔法のみで戦わずとも良い訳で、戦士であり前衛職であるスペルビアが倒れた時点で勝敗は決して居る。
だが近衛兵であるフィリアには、不利になったしもう勝てないから、通してあげるなどと言える訳がない。
だからフィリアは自らが負ける事を予感しながらも、次に待つ仲間に繋げる為にエルピスに対して三つの魔法を行使する。
「凍てつく地獄の氷、木霊する死者の声、それら全てを灰と燃やし尽くし、贄として神に捧げよう 〈連鎖する青火の呪い〉!!」
戦術級火炎系魔法。
しかも状態変化を発動させており、技術面から見ても消費魔力量から見ても超一級品といっても過言では無いその魔法。
だがしかし超一級の魔法を放ったところで、目の前の少年はそれを児戯だと嘲笑い反撃をする。
「飛ばしてきますね……戦術級魔法〈氷花〉
「余裕で対応されるとお姉さん凹んじゃうかなぁ…〈瞬間転移〉」
「〈時空固定〉」
全身の回路をフルで使ってようやく戦術魔法三発分の魔力をひねり出したフィリアは、余裕を見せながら反対属性の魔法で防ぐエルピスに転移魔法を行使する。
普通ならば相手が魔法を使った後に魔法を唱えては、間違いなく間に合わない。
だがエルピスは無詠唱と半人半龍故の動体視力で、相手が魔法を発動してから魔法を止めることが出来る。
それは転移魔法も然りだ。
だがフィリアの魔法発動の完全なタイミングを掴んだわけでは無く、更には余裕がありすぎるが故に受けるか避けるかの判断をした後にようやくエルピスは魔法を発動する。
更に言えばエルピスは転移系魔法を使っている途中で時空を固定された場合、その場に放り出されるという事を知らない。
全てが仮定であり戦闘中に組み立てただけの安直な案だが、先程のスペルビア然りあり得ないと思っている動作には、全ての生物が一動作遅れる。
それはエルピスも例外ではないのだ。
「ーーっ! 不味い!? 」
「戦術級封印魔法! 〈技能封鎖〉!!」
放たれた魔法はエルピスの手首、足首に文様として巻きつき、そのまま文様として手足に残る。
文字通り効果は技能の封印。
勝てる相手だと舐めてかかっていたエルピスの失点であり、勝てないなりに次につなげることにしたフィリアの最期の攻撃。
自身が成し遂げられる全てを成し遂げたフィリアは、そのまま幸せそうな顔で氷に倒れこむようにして眠りに落ちる。
自身の魔力をすべて使用した者のみが陥る魔力欠乏症の症状であり、エルピスは倒れ込んだフィリアを見てしてやられたと頭を抱える。
油断と慢心ゆえに技能を封じられたエルピスは、自身の慢心ぶりに歯噛みする。
「大丈夫ですかエルピスさん?」
「ああ、身体に傷を負わせるタイプの能力じゃ無かったからね。にしてもしてやられたよ、まさか技能を封印する魔法があったとは」
「私も聞いたことがありませんでした…凄い魔法ですね」
「まぁこの魔法は後で原理を聞くとして、先に進もうか」
王国のどの蔵書にも記載されておらず、エルピスが存在する事すら知らなかった魔法。
神の称号の効果によって呪いや封印は解除しようと思えば即座に解除できるが、エルピスは自身の慢心を戒める為にあえて解除せずに次の場所へと移動する。
技能自体は封印されたものの特殊技能は使用できるようで、隠蔽を自分達にかけながら先へ先へと進んでいく。
道中何度か近衛兵や暗部、宮廷魔術師なんかと遭遇戦をしそうになったものの、〈神域〉と壁を通り抜けることで難なく回避し、ついには国王の下まで後二部屋というところまで来ていた。
「緊張しますねエルピスさん」
「この先にはアルさんとマギアさんの気配しかないから、あの二人を倒したら今回の仕事は終わりだ」
「倒せますか……?」
「ああ、倒せるさ。なんてったってこっちは三人だからな」
不安そうな顔をするグロリアスを安心させてから、エルピスは部屋の扉を開ける。
おそらくは宮廷魔術師の手によってだろうが、オーバーだとも思えるほどの物理障壁が全体に貼られたその部屋の中に、二人は仁王立ちで立っていた。
「それが噂のF式装備ですか。初めて見ましたよ」
王国において七つしか無い最高峰にして最強の装備。
人類史上稀に見る英雄と呼ばれた初代ヴァルデングが残した遺産であり、王国内において国王に認められた剣のみが着用を許される装備でもある。
いま現在王国内ではアルキゴスとマギアのみがその使用を許されており、近衛兵ですら一時的な貸し与えはあるものの所有権は持っていない。
驚くほどに長い武器はその刀身が黒く光っており、所有者の魔力に呼応して怪しい光を辺りに振りまいている。
装備はフルプレートで使われている素材そのままの色なのか鋼色に光り輝いていた。
マギアの持つ杖はエルピスの持つ杖と同種のように見えるが、龍の魔石だけでなく様々な魔物の魔石も複合して取り付けられている。
装備自体は一般的な魔法使いが着用しているローブに近いが、あまりゆったりとしているようには見えず近距離戦闘用にも改造されているのが見て取れた。
「二対二の真剣勝負、寸止めなしだ。行くぞ?」
「ちょっーーーッッッ!!」
黒い剣が地面を這うようにエルピスの首に迫り、エルピスはとっさに転移魔法を使用して可能な限り遠くへと逃げる。
軽く切れ目の入った皮膚を撫でながら恐怖を覚えないように意識をしっかりと保ち、意識を戦闘へと移行させていく。
一年の時を経て、通常時であろうとエルピスの肌は龍神の鱗とほぼ同じ硬度になっている。
そのエルピスの肌をまるで紙のように切り裂いたその剣の切れ味もおそろしいが、本当の恐怖の対象は剣自体を扱うアルの技術力の高さだ。
もちろん普段から剣戟による勝負はしているものの技能を使用しての戦闘は一度も行っておらず、そのため普段の彼と比較してはおそらく即刻死に至る。
何か少しでもいい対抗策があれば話は別なのだが……。
「エルピスさん危ないーーっ!!」
頭が思考する前に体が無意識に魔法を起動して障壁を貼ると、すぐ横で戦術級魔法のそれとも間違う程の爆発が生じてエルピスは部屋の壁へと叩きつけられる。
アルの存在に気を取られすぎたせいでいつのまにか近寄ってきていたマギアに気付くことが出来ず、それにより完全な不意打ちを受けてしまったのだ。
「……ほぅ今のを防ぎきるか。さすがエルピス君じゃな、並みの魔法使いならば即死じゃったろうに」
「マギアさんにそう言っていただけるのは嬉しいですが、即死するような魔法を撃たないで欲しいですね」
「ほっほっほ、それくらいせんとかすり傷も追わんじゃろ?」
そう言いながらマギアが杖を軽く振るうと、七つの魔法陣が同時に空中に展開される。
無詠唱とは言わないものの詠唱の省略をしつつ、魔法の同時展開をするその技術力はさずかの宮廷魔術師長であり、そしてその魔法に合わせてこちら側に飛び込んでくるアルの度胸も大したものだ。
何度も振るわれる高速の太刀と、主属性だけではなく副属性にまで手を付け始めたマギアの魔法を何度も受けて、エルピスは徐々に疲弊しつつも最善の行動を取り始める。
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違和感に気づいたのは、エルピスと直接剣を合わせているアルキゴスだった。
剣と魔法を同時に使用しているエルピスと戦う事がそもそも初めてなアルキゴス。
だが彼も王国内において剣技で右に出るものは居ないと言われるほどの戦士であり、急ごしらえの戦闘スタイルならば即座に打ち倒せる自信がある。
だがエルピスの構え、対処能力、反応速度、どれを取っても歴戦の戦士にしか行えないようなそんな動きだ。
一筋縄ではいかないと分かっていたものの、まさかこれ程の力を持っているとは思ってもおらず、アルキゴスは背後で魔法を唱えているマギアに手でサインを出してから一気にエルピスに詰め寄る。
纏わり付くような嫌な気配の層を抜ければ、その先にあるのは液体にでも触れているのかと思えるほどに濃密な空気。
自分の一挙一動が全て捕らえられているのが嫌でも理解でき、どの角度から攻撃を仕掛けても反撃される未来が容易に想像できる。
袈裟懸けに斬りおろした剣は身体をのけぞらせる事で避けられ、反撃として杖を持つ左手が鎧の隙間を狙って突かれる。
それを空いた左手で受け止め、そのまま流れるように右足で脇腹を蹴り飛ばす。
身体に届く感触よりも先に障壁の感触で避けられた事を知覚し、左下から水平に足を切り落とすようにして剣を地面に這わせる。
だがエルピスは剣を足で踏み軌道を変えると、そのままの勢いでアルキゴスの腹に膝蹴りを叩き込む。
あり得ないほどの反応速度と身体能力、そしてクリム直伝の対処術はアルをして脅威を感じさせ、アルキゴスも甘さを捨てて本気を出させるには十分だった。
鎧は徐々にその形を変え、剣は黒から徐々に赤へとその姿を変えていき、アルキゴス自身の周りには不思議な色の球体が浮かび上がる。
自身に課していたリミッターを外したアルの力は、先程までとは比べ物にならない。
視認することすら不可能なほどの速度の一歩を踏み出しーー突如止まる。
その理由は単純明快、自らの主人に止められたからだ。
「戦闘はそこで終了だ、お前ら戦闘に集中して抜けてきてるの気づかなかっただろう?」
そう言ってやれやれとばかりに手を振る国王の手には縄がつけられており、今回の敗北条件の一つである国王の部屋までの侵入が行われたことが、アルキゴスとマギア、両方が嫌でも理解する。
そもそもこの防災訓練について報告されたのが一週間前であり、その際にはエルピスに同行する人間が一人だけと言われていたので、急遽増えたグロリアスをその同行者と間違えてしまうのも仕方のないことだがそれを言い訳にしたところで意味はない。
実際の敵は何人単位で来るか分からず、そもそもこうして完全装備で迎えられている時点で少なからずこちら側がハンデを貰っているのだから。
「間に合ってよかったあ。あと少し遅かったら死んじゃうところでした」
いつのまにか剣も何処かへとしまい、いつもと同じ笑みを浮かべるエルピスがアルキゴスの横に立っており、アルキゴスはしてやられたとばかりにエルピスを睨む。
作戦としては単純な事で、エルピス達が戦闘中に別働隊が窓から城の外へと移動しており、それに気付けず国王のいる私室まで通してしまったのだ。
エルピスが開始から魔法を相殺にしか使わず、グロリアスがマギアに対して攻撃仕掛け無かったのも、なるべく近接戦を行わせる事で視界が多方向へと飛ばないようにされていたのだ。
「これは少々油断が過ぎたなアルよ。もっとわしらも精進しなければな!」
「どうせ気づいてたでしょあんた。すぐにそうやって試すのを止めろ」
「弟子が楽しそうに戦闘しているのに、邪魔するわけにもいくまいて。それにわしも勿論妨害はしたぞ? しかしそれを防ぐ程の障壁を貼られておってな、あれを破こうと思ったら直接目の前でやらんと無理じゃ。なんじゃあの硬度、かつてイロアスと戦った事はあるが、あやつでもあそこまで物理においても魔法においても防御する事は出来んかったぞ」
髭をいじりながら楽しそうに笑うマギアを対照的に、アルは頭を雑に掻きながら荒ぶっていた気配を落ち着けエルピスの方を向く。
初めて牢屋越しに出会った頃の生意気さはどこかへと消え、何かを守る意思を持つ者特有のその視線を向けられ、これなら仕方ないかとアルは少し笑みを漏らすとエルピスの頭を同じように雑に撫でる。
「ちょ、なんですかやめてくださいよ」
「うるせえ、生意気になりやがってよ。最後の一撃なんかお前殺す気で来てただろ?」
「先にやれって言ったのアルさんですからね!? それに結局それも受け流されたし、アルさんだって本気を出して居なかったじゃないですか」
「本気を出したよ、俺は」
ーーそう、アルキゴスは事実本気を出していたのだ。
技術、体格共に自分より圧倒的に下の相手に対して、本来ならば使うべきですらない技もいくつか使った。
剣に関する技能こそ使っていないものの、それ以外の面においては全力だったのだ。
「強く……なったな」
「ふぉっふぉっふぉ、いっちょまえに師匠面してないで、お前はもう少し周りを見直す練習をせい!」
「あのなぁ師匠、今日という今日はその他人の空気をぶち壊す癖を直させてやるよ」
「ほう? 小僧ごときにそんな事が出来るかな? ほれ、かかってこい」
こうして、長かったようで短かった1日は過ぎていく。
国王からの依頼もこなし、今回の件で着実に次のステージへと足を進めたエルピスは、楽しげに口笛を吹きながらこれから一週間の予定を考える。
きっとそれは一瞬のように過ぎてしまうのだろうけれど、だが今のエルピスにとってはそれくらいが心地よかった。
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時刻は深夜。
月明かりが闇に染まった廊下をほんのりと照らし出し、コツコツという歩く音のみが静寂に染まった夜にリズムを刻み出す。
靴音の主人は躊躇うことなく奥へと進んでいくと、部屋の主人が扉の奥から入るようにと指示を出す。
「ーー失礼しますお父様」
薄いピンクのネグリジェに身を包んでいるのは、王国第一王女であるイリアだ。
彼の父であるムスクロルは座っていた椅子から立ち上がり、イリアを椅子に座るように合図を出して自分もその席の対面へとすわった。
「それで、どうだった? 今日一日エルピスと過ごしてみて」
何気ない話をするようにして、実際ムスクロルからすれば何気ない話なのだが、今日の話をし始める。
エルピスの専属メイドであるエラ・セルバ、この少女に偽装していたのはムスクロルの目の前にいるイリアだ。
もちろん一国の王である彼が、わざわざこのような手段を使ってエルピスとイリアを近付けたのには理由がある。
それは国益の為だ。
アルヘオ家はその国に存在するだけでも抑止力となる存在であり、また莫大な財産を持つ一族でもある。
そんな一族の長男であり、そしてアルヘオ家の中で最も将来性の高いエルピスと関係性を持っておくことは、国王の立場からすれば至極まともな判断だった。
そんなムスクロルの考えを読み取り、少しでも父の役に立てたらと今回の件を引き受けたイリアは少し照れたような顔をしながら父に報告する。
「……初めて家族以外の同年代の男の子と、手を繋いでしまいました。なんだかあれから胸がドキドキして…」
「そうかそうか、ちょっとお父さんエルピスを絞め殺してくるからそこで待ってろよ?」
「お父様!?」
「冗談だよ王様ジョーク。ふん……そうか、なるほどなあ娘の恋路は応援してやりたいが、なにせライバルが多いぞ?」
「こ、恋路だなんて…!」
そう言って頬を抑えながら顔を赤くするイリアをみて、ムスクロルはダメだこれはと頭を抱える。
もろちんイリアが嫌がればムスクロルとて父親だ、国益よりも娘の事を優先して何が何でも他の手段を使えるようにするだろう。
多少エルピスに好意ではなくとも親近感程度を持ってもらう程度のつもりだったのに、いまのイリアはどう見ても恋心にどっぷりと肩まで使っている。
同年代との接触が極端に少なく、またお見合い関連などの話も全て断ってしまっている弊害がまさかここで出るとは思ってもいなかった。
それに今日一日イリアがどのタイミングで親近感や恋愛感情を抱き、エルピスに好かれようと頑張ったのかは分からないがその全てはメイドであるエラの手柄となるのだ。
いまから実は今日エルピスが一緒に過ごしていたのはエラではなく、イリアでしたなどとムスクロルが伝えにいけばエルピス、イリア両方に嫌われるのは目に見えている。
そんな事はもちろん許しがたく、ムスクロルはどうしようかと頭を悩ませる。
だがそんな父を見てイリアは小さく笑い声をあげると、悩む父に声をかける。
「きっとエルピスさん、私の事に気付いてましたよ」
「本当か? なるべく違和感なく紛れこめるようにしたつもりだったのに」
「最初会った時以外は一度もエラと呼ばれていませんでしたから、きっと確信を持ったのは一番初めのスペルビアさん達との戦闘の時ですね」
「まぁ本気を出したあいつなら、あの程度の偽装は見破れるか」
結局どれだけ偽造を施したところで特殊技能程度の効果も無いのだ、本気を出した状態ならばバレてしまっても仕方ないかとムスクロルは悔しさすら見せずに肩を下げる。
そんな風にして娘と父の時間はゆったりと過ぎていく。
同じ月夜の下で眠る、龍と人の子の話をしながら。




