23:魔導大会
支度を終えて馬車に乗り始めている王族の方々を見守りながら、エルピスは待ち時間に先ほど伝えられた作戦を頭の中で整理する。
今回王族の護衛に当たるのは近衛兵が六人、宮廷魔術師と呼ばれるマギアより少し弱い程度の魔法使いが七人。
あとはエルピスとアルキゴスに城兵などが数十名程度。
地球ならば王族の護衛ともなればこれの十倍は最低でも必要になるのだろうが、この世界においては数の有利など存在しないので邪魔にならないようにという事で、この程度の人数になった。
もちろん護衛に当たるのがそれだけの人数というだけで、街中にはいつもより多くの兵士達が巡回しているが。
アルキゴスに渡された紙には誰がどの場所に居れば良いのか、非常事態の対応はどうするかなどが書かれおり、それも頭の中に入れながらエルピスは緊急時の立ち回りを考える。
急遽組み込まれた形になるエルピスは、勿論書類の中では数として数えられていない。
それ故に他の人達のように決まった場所があるわけでもない。
他の人の邪魔にならず、それでいて安全を守れるような所を探していると、知り合いの気配を感じてエルピスは振り返る。
「おはよう、アウローラ」
振り返った先にいたのは正装に身を包んだアウローラだ。
青と黒色が主に使われたドレスには装飾品が極力付けられておらず、動きやすい服装が好きな彼女らしさが窺える。
ブレスレットやネックレスからは魔力が少し漏れ出しており、鑑定をしていないので詳しい効果は分からないが魔道具なのは分かる。
「……なんで背後から近づいたのに分かるのよ、おはようエルピス。どんな気分? 王族の警護をするって」
「正直に言うならだいぶ緊張してるよ。もし敵が攻めてくるとしたら、相手も本気で来るだろうしね」
「まぁエルピスなら大丈夫だとは思うけどね。私の事は適当で良いから、しっかりと王族の人を守りなさいよ?」
「両親の名にかけて、両方しっかりと守らせて頂きますよ」
「そう? ありがと。なら私はもう時間だから、これから頑張ってね」
立ち去っていくアウローラに対して一礼しながら、エルピスは再び武器の整備と装備の調整をする。
それにしてもあれが大貴族の一人娘ということなのだろうか?
こうして公の場や他人の目がつくような所では、アウローラの姿はいつもと全く違う様に感じ取れた。
アウローラは普段があれなだけに、こうして頼られると頑張らなければいけないような気がしてくる。
これが貴族のカリスマ性というものなのだろう。
「王族とヴァスィリオ家の準備が完了したから、今から出発するぞ。俺達は馬で行くがお前はどうする? なんなら後ろに乗せてやっても良いが」
「俺は別の方法で移動しますのでお気になさらず。姿も隠すけどもし何かあれば手を挙げてくれたらそっち寄りますよ」
「分かった。他の奴等にもその事を伝えておくよ」
「ありがとうございます」
馬上からルードスが誘ってくれたのを丁重に断り、盗魔法の中でも盗神の権能を魔力で擬似的に再現するという特殊な効果の魔法。
この魔法の効果は、全ての生物からの認識の阻害という単純なものだ。
盗神の権能なら認識の阻害ではなく、#そもそもその場に居ない__・__#という扱いになるらしいのだが、さすがにそこまで完全に権能を真似する事は出来ないので現状はこれが限界だ。
とはいえそれでも他人の認識から自分の事をずらす事が出来るというのは非常に強く、探知の#特殊技能__ユニークスキル__#でも持っていなければ気づく事すら出来ない。
「正門、開きます!」
「音楽隊演奏開始!」
「護衛の者たちは気を張れよ! 健闘を祈る!」
重く閉ざされて居た正門が開き、音楽隊の演奏に合わせてゆっくりと馬車は前に進んでいく。
近衛兵ならびにアルキゴスは馬に乗り、エルピスは上から辺りを見下ろす為に浮遊の魔法を使って空を飛んで居た。
王城を抜けて一番最初に有るのは貴族街。
ここは基本的に襲撃の危険性は無いと考えて良いだろう。
何故ならば貴族街は立ち入る事自体が王国に立ち入る事よりよほど厳しいし、更にいえばマギアやエルピスの協力によって、敵が侵入した場合は大音量で音が鳴るように仕組まれている。
こんな場所で攻撃を仕掛けるのは、あまり現実的な案とはいえない。
つまり問題は貴族街のその先にある平民街。
魔導大会が行われる王国内最大のアリーナは平民街と貴族街の中間地点にあるのだが、アリーナには専用の道を使わなければ向かうことが出来ないので、一度平民街に入る必要があるのだ。
わざわざ貴族街からの直通ではなく、一度平民街の中を横切らなければアリーナに行けないようになっているのは、貴族と平民の交流を深める為らしいのだが……。
(見た限り数人店の中に入っている貴族も居るし、国王の狙い通り平民と貴族の間に亀裂は生じて居ないのかな?)
ーーとは言っても価値観の違いは埋められないのか、店の店員に対して暴力を振るおうとしていた貴族が居たので適当に止めておく。
ついでに衛兵に通報するのももちろん忘れずに。
今日から一週間、魔導祭の間は例え非番であろうと街兵は腰に剣を携え、胸にワッペンの様な物を張っているので探せば割とそこら中にいるのだ。
ふわふわと空を浮かびながら敵の襲来に備えていると、アルが無造作に手をあげる。
それを見て何か用があるのかと、エルピスはアルキゴスの近くへと飛んでいく。
「どうかしましたかアルさん。まだ俺の見ている範囲内では何も起きて居ませんが」
「そっち関連で呼んだ訳じゃない。そろそろアリーナも近いし、向こうに行けば自然と俺達とお前は別の場所に行く事になる。今の内にこの後の事を伝えておきたくてな」
そう言いながらニヤリと笑うアルキゴスの顔は、何度か味わったことのある面倒事を持ってくる時の表情だ。
基本的にこの表情をしている時のアルキゴスはしてろくな事を言わないので、嫌だなぁと思いながらも重要な話の可能性があるので離れる事も出来ず渋々詳しく話を聞く。
「アルさん達と離れる……? 俺の今日の仕事が護衛なら離れる事は無いですよね?」
「言っていなかったけどな。この魔導大会は二日目から七日目は自由参加の戦闘大会だが、一日目だけは別なんだよ」
「一日目だけ別ーーと言うと?」
エルピスが祭りに関して調べたのはどこの屋台が何を出すか。
あとついでに丸飯関連で屋台を出すための手続きを多少した程度。
行事に関しては知らない方が面白いだろうと碌に調べてもいないのだ。
「ようするにお披露目会さ。この国の将来を背負って立つ王族と貴族、その子供がどれだけ修練を積み信頼する人足り得るか判断する為のな」
「そういう理由で僕は教育係に任命されたんですね、ですが何度も聞き返すようで悪いですけど、それと僕に何の関係があるんですか?」
「アルヘオ家は王国において貴族の位を授けられているのは知ってるだろ? 魔導祭の趣旨は未来の王国を導く貴族の息子達の力を見せつける為だったりするんだが、今回は王族達が参加するから丁度いい相手が必要でな。そこでお前も魔導大会に参加だ、良かったな」
肩をポンポンと叩きながら笑いかけてくるアルキゴスの顔を見つめながら、エルピスは目を白黒させる。
反論しようと思い言葉を吐き出そうとするが、とはいえ一度は王族やアウローラと戦ってみたいと思っていたのも事実な訳で、言葉は喉元で声にならず掻き消えた。
「王族の護衛もここまで連れてくる口実ですか?」
「いんや、それに関しては結構真面目に人手不足だ。今年はやたら他国から入ってきてるやつの数が多い。間違いなくなんかする気だろうな、それに大会中も近くにいるから護衛はできるだろ?」
確信を持って相手が行動してくるのを読んでいるというのに、アルキゴスの動きはどうにも受け身な様に見える。
やはり相手が想定でも四大国である為下手に動けないのだろう。
「じゃあ俺はここでお別れだ。後は好きなように楽しんでこい」
いつのまにか近づいていたアリーナにアルキゴスが入っていき、エルピスは一部の護衛と共に出入り口で待たされる。
おそらくは今現在進行系でこの祭りを楽しんでいるであろう両親の姿を思い浮かべながらエルピスは深い溜息をつく。
両親の事だから今回の件についても詳しく聞かされていただろう。
朝から母が居なかったのもこの大会に来る為だったのだと考えるとエルピスとしても納得がいき、そう考えれば元から逃げる道など無かったのだろう。
(……ほどほどに手加減しないとなぁ)
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選手用に用意された控え室ーーとは言っても王族や貴族が使用する為一般の控え室とは一線を画すほどには豪華だがーーに用意された椅子に座りエルピスは杖の整備をする。
急遽参加しろと言われたものの、アルヘオの看板を背負って大会に出る以上不甲斐ない結果は許されない。
クリムから渡された杖を微調整しながら、エルピスは事前に手渡された紙に書かれた使用していい魔法の一覧を見る。
即死系魔法はもちろんの事、破壊を重視している魔法や殺傷力の高い魔法は威力に制限をかけられるらしい。
原理としては特殊な鉱石と十人以上の魔術師によるデバフ、そして闘技場自体を魔素が極端に少ない場所にすることによって対処しているようなのだが、正直に言ってエルピスの魔力量を前にしてはその程度では間違いなく焼け石に水にしかならない。
とはいえ客席にはかなりの強度の魔法障壁が貼られるらしく、超級程度ならば問題なく対処出来るようだ。
相手に対して使用する魔法に関しては、エルピスが加減すれば良いだけなのでそれほど問題でもない。
「アルヘオ家のご子息なのは知っていましたが、まさかエルピスさんが僕より年下だったとは、驚きました」
隣に誰かが座ったので下げていた目線を上げ、首だけを横にして声の主人が誰か確認すると、戦闘用の衣装に着替えたグロリアスだった。
普段は体のラインが出ないゆったりとした服を好んで着込んでいるのだが、戦闘においては邪魔になることを承知しているのか今日はかなり本格的な戦闘用の衣装に身を包んでいた。
鑑定を使用していないので詳しいことまでは分からないが、そこらの鍛冶屋に売っている装備よりもよほど防御力は高いように見える。
そう言えば自己紹介はしたが年齢は伝えて居なかったなと思いながら、エルピスは言葉を返す。
「グロリアス様が十三歳なので私は三つ下ですね、まぁそろそろ十一になりますが。それと何度も言う様で悪いのですが、敬語はやめていただけませんか? 心臓に悪いので」
「そう言われてもエルピスさんは年上にしか見えないので、敬語を使ってしまうんですよね。 それに私は将来王として責任ある立場になる身、今のうちにこうして丁寧に接するのは将来のためなんですよ」
将来のことを見据えての話をされればエルピスもさすがにこれ以上何かを言うこともできず、上手くあしらわれたなと思いながら言葉を返す。
「そうですか、なら後少しはこのままで」
「その方がありがたいです。そう言えばこの大会の種目って知っていますか?」
「いえ、説明などはまだ何も受けていませんが」
魔導大会の存在自体は聞き及んでいたが、それが一体どういうものでどういった種目が有るのかは聞いていなかった。
基本的にこういった行事には積極的に参加したがるエルピスだが、初日は食い倒れでもしようと思っていたので他の日の日程はなんとなく思い出せるものの初日にする競技と言われると思い出せない。
エルピスの表情を見てそれを悟ったのか、グロリアスは第一種目から事細かに説明を始めた、
「最初は魔法の連射速度を測って、次に威力、魔法のコントロールと続き、最後は自分の最も得意な魔法を撃って終わるんですよ」
「兄さんにはコントロールじゃ負けるけど威力なら勝てるから、僕はそれで勝負かな…って睨まないでよ兄さん。悪かったってエルピスさんとの会話の邪魔して」
「ーーそれにしてもエルピスが来るとは私も思ってなかったわ。来るかもって話は昨日の夜に父さんから聞いたけど、あんたなら面倒くさいとか言って来ないと思ってた」
王族として他人の会話に口を挟む様な行為をしたのが許せないのか、怒りながらルークを連れて行ったグロリアスを見送っていると、次はアウローラから声がかかった。
先程のグロリアスと同じようなーー王国内において軍事系をほぼ牛耳っていると言っても過言ではないヴァスィリオ家だけあって、戦闘用の装備ならばこちらの方が少々本格的だがーー装備に身を着飾ったアウローラが、先程までグロリアスが座っていた席に座る。
「俺は個人のお披露目会などなら間違いなく参加しないけど、アルヘオ家の子供として参加するとなるなら話は別だからね」
「なるほど、そういう訳。それなら手加減しなくていいわね、絶対に負けないからね?」
「死なない程度に手加減してあげますよ」
「望むところよ! 恥かいても知らないからね!!」
胸を張って自信満々にアウローラが宣戦布告をすると同時に、大会の開始を告げる音が控え室にまで聞こえてくる。
調整を終えた杖と普段練習の際に着ている対魔法性能が高い服を着込んで、エルピス達は会場に向かって足を進めていく。
控え室から会場までは直通の通路で繋がれており、廊下を抜けると足元が砂に変わり開けた場所に出る。
「準備は良いか! 観客達よっ!! 現れたるは八人の子供達! 幼いながらもその双肩に王国の未来を背負う子供達は! 今日! ここで! その才能を存分に発揮してくれることでしょう!!」
「期待してるぞー!」
「え、エルピス様!? なんで出場してるの!?」
「まぁ面白いから良いじゃん、あそこに奥様と旦那様が居るから多分元からこういう予定だったんだろうし。頑張れーっ!」
「グロリアス様頑張ってーーっ!!!」
「ルーク様も負けるな!!」
「王族にヴァスィリオ家の娘は分かるけどあの子誰だ?」
「なんでもいいじゃねぇか! ほら賭けろ賭けろ!!」
周囲一帯どこを見渡しても人、人、人。
たった八人の子供の発表会に、それほど人は来ないだろうと高を括っていた。
だがその予想を裏切るようにして、数万人規模の人間達が様々な言葉を投げかけながら、大会の開始をいまかいまかと待ち望んで居る。
いまさら緊張はしない。
ただするべき事をするだけだ。
「さぁ準備は良いな? 魔導大会! 開始ィィ!!!」
開始を告げる実況の声で、更に会場はヒートアップする。
最早手もつけられない程に盛り上がった観衆たちは、口々に言葉を投げかけあい、まだ始まってすら居ないのに勝者の予想を始める。
そんな中でエルピスは冷静さを保ち、いつでも魔法が撃てるように身構える。
「第一種目はこれだ! 最後に残った者が勝者! バトルロイヤル!!」
「ーーはぁ!? 魔法の発射速度を競うんじゃ…」
「あーその件なのですが、今回あのアルヘオ家からわざわざ来ていただいたエルピス様には、従来の魔法大会方式では少々簡単すぎるという事で競技が変更となりました。もちろん王様とイロアス様には許可を取っています、第二種目からもいろいろと変更点がございますが、誤差の範囲と思っていただければ」
口では申し訳なさそうにいっているものの、司会の声からはそっちの方が面白いだろう? という感情が透けて見えるようだった。
とはいえ国王と父親、その二人の名を出されてはこれ以上反論できる余地は無く、エルピスはしょうがないかとバトルロイヤル形式を認める。
「では同意も得られたようなので改めて、バトルロイヤル開始!」
響く開始の合図を耳に、エルピスは魔法障壁を展開していく。
たとえ教え子達が相手だろうと、アルヘオ家の名にかけて勝ってみせる。
確かな決意を胸に秘めながら、エルピスは戦闘開始の言葉とともに魔力を全身に満たすのであった。