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「それは、なぜ……」
「風の精霊が教えてくれたのです。ガリオンさまが今、森にいることを……森の奥に迷い込んでしまったことを」
そう言った彼女の周りには、確かに風の精霊が舞っていた。そういえば、ハリエットの実家のコンツェルト伯爵家は風の精霊に好かれる家系だったな、と思い返す。ゲームでの彼女のいじめでは、この風の魔法でスカートめくりなどをしていた。なんだその男子小学生は、と思わなくもないが、恐らく公式は「ヒロインのお色気シーンだぞ、ほら受け取れ」というサービス精神で入れたものだったと思っている。だってそのスカートめくりのシーンでは必ずヒーローが近くにいるし。
さすがクソゲー、色気描写が陳腐である。
話を戻す。ハリエットは先ほど、森の奥へ迷い込んだと言った。そうであるのなら、なぜ、ミーナに声を掛けたのか。
普通、当たり前だが、そういうことが起こった場合に助けを求めるのは教師のところだろう。ガリオンだって、普通の貴族相当のプライドがあれば、同学年の女子に助けられたくないだろうに。
「森に……?しかし、森の奥というのならば、ミーナ・ルチナ嬢ではなくとも……」
眉を顰めたルキが問うと、ハリエットは力無く首を横に振って、「それでは駄目なのです」と言った。
「ガリオンさまを襲っている魔獣は、あの弱い魔獣たちとは違う。
穢れた魔物は、聖女の力でないと祓えない……だから……!」
ハリエットの説明に、ふっとゲームのことを思い出す。
魔術実技試験の時、ヒロインを襲ったあの魔獣。助けた攻略対象は一体なんと言っていた?
『お前の力があったからできた、やはりお前が妃に相応しい!』
『すげぇーーーー!!光の力すげーーーー!!!おまえのおかげだよ!!すげぇーーーー!!!』
『ほう……光魔法ですか……』
『混沌の闇、払うは光輝の乙女……か。フッ……流石だな』
そうだ、一律に『光魔法』があったから、と言っていなかったか。確かに主人公が目を瞑った瞬間、画面が白く光った。次の瞬間、攻略対象が退治したのだが……あれがただの演出ではないとしたら?
白く光ったのは無意識にでもヒロインが放った光魔法で、その助力があってこそ倒せたのだとしたら。
「これは、ちょっと不味いかもしれない……!」
怪訝そうな顔でこちらを見るルキに、今は構っていられない。流石の私といえど、人一人の命が掛かっている状態で呑気にしていられるほどの性格はしていない。
「ルキ・レオナード様!あなたは他の教師に伝えといてください!ハリエット・ハイダ・ハンナ様、その風の精霊、ちょっとお借りしますね!!」
ちょいと手招きして寄ってきた風の精霊に、「場所を教えて」と言えば、ちかちかと点滅しながら前に躍り出た。これでナビゲートは完璧だ。
光魔法については……まあ、ここで消費してしまうのは惜しいが、試験のために準備していたものを使うとする。
ハリエットが声を掛けてきてから既に5分以上は経過している。彼女が婚約者の異変に気付いて、私を見つけて声を掛けるまでに何分かかったかは不明だが、下手をすれば20分以上も戦っている可能性があるのだ。待っている時間も惜しい。
後は現場までに到着するのに何分かかるか……。そう思案しているうちに、隣からふいに声がかかった。
「失礼」
え、と声を出す暇もなく、ぐいっと引っ張られて身体が浮く。一拍置いてから、抱え上げられたのだと自覚した。
というか、抱え方が雑。俵担ぎってなんだよ。
「あなた……!?」
「黙っていてください、舌を噛みますよ」
掛けられた声は、聞き覚えのあるもの。
視界の端に映った普遍的な茶色の髪……この声。間違いなくルキ・レオナードその人だった。
お前、先生呼びに行けっていったじゃん!なんでここいるんだよ!
「貴女の言いたいことは分かります……ですが俺は女性一人に危険な場所へ向かわされるほど鬼畜じゃありません」
先生への呼び出しはコンツェルト嬢に任せました、と付け足すように言って、ルキは走るスピードを上げた。よく見ると、ルキの足に魔力が巡っている。筋肉に魔力を付け足すことでその能力を底上げする、筋力増加の無属性魔法だ。上手く押さえて魔力の放出量も少ない。なかなかのやり手だ。
それに何より、早い。気付けば校舎を抜け、森に入っていた。これならばそう遅くないうちに現場に付くだろう。それまで頑張ってルキに飛ばして貰いたい。そのためには。
「〈光よ〉、〈促進〉!」
手を振ると、近くに居た光の精霊がぱっと光ってルキの身体を包む。光の定義がガバガバでよく分からないが、これも立派な光魔法の一つ、「活性化」だ。
ルキ自身の魔力の力をより多く引き出し、魔力の回復量とそれに費やす時間を短縮する。あまりやり過ぎるといけないが、一回かければしばらくは魔力の枯渇に苦しむことは無い。
ふっ、とルキが小さく笑う気配がした。
「……さ、もう少しだ。しっかり捕まってくださいね」
「上等よ!!」
風が頬を撫でる。目的地はすぐ間近に迫っていた。