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王子との文通を始め、早一週間。私はさしたる出来事もなく、平穏な日々を過ごしていた。
私が粛々と学園生活をおくっているお陰か、陰口は日を追うごとに減っていっていった。例の庭園での出来事以来、高位貴族と絡んでいないことも理由にあるし、陰口を叩かれるたびに言い返す私も理由にあるだろう。しかし一番の理由は、ルキが近くにいたことだと思っている。彼は王子の腹心だし、万が一彼が王子に誰それが云々と告げてしまった場合が恐ろしいのだろう。
わざとらしくカモフラージュに話しかけてくるルキの対応はそれなりに面倒ではあったが、メリットも十分あるし、それなりに充実した毎日を過ごしていた。
目先に迫るのは、初めての魔術実技試験。ゲーム的にもそれなりに大事なイベントになる。
魔術実技試験は、学園の裏にある森で行われるものだ。教師立ち合いのもと、森にいる魔獣を呼び寄せ、それと戦闘を行うという概要。といっても、森にいる魔獣は、基本、郊外に生息する野生の魔獣などとは比べ物にならない程に弱い。それはそうだ、学園だって貴族の子供に傷を付けさせることなんてさせたくない。この行事の目的をいってしまえば、貴族の子供たちに自信を持たせることだ。つまりこのイベントは、俺カッコいいに浸りたいお年頃の貴族の子供にとって、怖がるイベントというよりは寧ろ楽しみなイベントなのである。
しかしゲームでは、このイベントに不祥事が起こる。主人公の番になった時、彼女の強い力に惹かれて、森の中では異常と言えるほどに強い魔獣が現れるのだ。教師でも慄くほどに。もちろん主人公は泣きべそをかいて座り込む。
「誰か、助けてっ!!」と、他人任せな主人公の台詞はさておき、この時彼女を助けるために颯爽と飛び込むのが、その時に主人公と一番親密なキャラクターなのだ。俗に言う好感度確認イベントというやつ。
このイベントで、好感度を誰も挙げていないどころかアルドリック以外と面識のない私は、助けに飛び込んでくれる人がいないという窮地に立たされた。が、まあ光魔法で目を眩ませてでもして待っていたら、他の生徒より先に教師が助けるだろうと結論に至り、すぐに解決した。最悪それがない場合、アルドリックかルキあたりが助けてくれると約束してくれたので大丈夫だろう、たぶん。
そんなわけで、私にとって重要なのは、ゲームのイベントという面というより試験の面だ。
私は、聖女としての面目を潰さないくらいに、ある程度の実績を上げなければならない。その為にはある程度の準備が必要になる。
魔物を倒すのは簡単だ。相手は弱いから(例外的に少し強いこともあるが、基本は)、初歩魔法を2、3発打ち込めば楽に倒せるし、それすら出来なくても、図書館で借りることができる本に載っている魔法陣を用意すれば、倒せるくらいの敵だ。しかし、そのまま普通に初級魔法で挑めば当然成績は低くなる。高得点を叩き出したければ、それ相応の工夫が必要だということだ。
高得点を狙うなら、大きな魔法をぶちかますのが一番手っ取り早い。恐らく王子はこれをするのだと思う。高い魔力がないと出来ない芸当だから、審査する先生からの評価は高いだろう。
この世界の魔法というものは少しややこしい。前にもいった気がするが、魔法は妖精に力を借りて具現化するものと言ったが、妖精は、何も無償で魔法を発現してやることはない。術者が持つ「魔力」を糧にして発動するのだ。
「魔力」は通常皆が持つものではなく、持つものの中でも量は個人個人違う。一般的には、高位貴族ほど魔力が高いとされ、魔法に秀でている。精霊の血が濃いうんたらかんたら。
まあ私のような変異体もいるから、本当のところはよく分からない。ざっくりこんな感じだよーとしか研究されていないのだ。そんなんでいいのかと思ったりしなかったりするが、しかし今はそんなことはどうでもいいので置いておくとする。
私は、それでは芸がない、と思う。せっかく自分しか使えない光魔法があるのだ。それを使って派手にぶちかましたほうが高得点になるだろう。
その為に、連日図書館に通い詰め、準備をしていたのだ。
それは昼休み、図書館に向かってルキと共に歩いていたときのこと。
私と同じくルキも、試験の準備のために図書館に行く必要があるそうで、じゃあ一緒に行きましょう、というごく自然な流れになり、ここ最近はずっと、一緒に図書館へ通い詰める仲になっていた。
その日も今までと変わらず、ただ廊下を歩いていただけだ。しかしいつもと違うことがあった。
話しながら歩いている私の背に、突然、切羽詰まった声が降りかかったのだ。
「聖女、さまっ……!
ミーナ、ミーナ・ルチナさま!!」
悲痛な声に驚き振り返って、また驚く。声をかけてきた少女が、あのゲームの登場人物、ハリエット・ハイダ・ハンナだったからだ。
……な、な、なぜここに!?ガリオンとか話してもないんだけど!?
私は内心の動揺を悟られないように、ハリエットに問い掛けた。
「まぁ、ハリエット・ハイダ・ハンナさま!?一体、どうしたのです……?」
私が問うて見ても、ハリエットは混乱しているのか、言葉が届いている様子がない。背をさすって宥めてしばらくすると、落ち着きを取り戻したのか「ありがとう」と青い顔で微笑んだ。
「では、ハリエット・ハイダ・ハンナ様。一体何があったのですか?」
隣で眺めていたルキが、問う。
ハリエットは、今度は混乱したりはせずに、しかし顔色をより一層悪くさせて、言った。
「あの人が……、ガリオンさまが危ないの。私じゃ何も出来ない、聖女の力がないと何も出来ない……。
だから、お願いっ、ねえ、今代の聖女の、あなた!どうか、ガリオンさまを……っ!」
そして冒頭に至る。
すでに感じる面倒ごとの気配に、私は漏れそうになった溜息を必死に押さえ込むのだった。
長かったので分割します。
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