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「ミーナ・ルチナ嬢。少しお時間を頂いても?」



 騒動の後祈りを上げて、教室に引き返したとき、不意に名前を呼ばれて立ち止まる。振り向くと、一人の男子生徒が立っていた。

 はて、誰だろう。普遍的な茶髪に、黒い目。整った顔立ちだが、なんというか空気が地味だ。あったことがあるような無いような顔をしている。


「……どなたでしょうか?」


 首をかしげて問えば、これは失敬、と優美な礼を見せた。


「ハービヒト男爵が長子、ルキ・レオナードと申します。アルドリック・アン・アクセル殿下の遣いで参上いたしました」


 ルキ・レオナード。聞いたことは無いが、王子の後ろに立っていた気がする。側仕えか何かだろう。それよりも、気になる言葉がある。

 __王子が、私に、遣いだって?


「まあ、一体何の要件で?」


 内心の動揺を隠しつつ、問う。男爵令嬢に、王子、しかも王太子が呼び出しだなんて前代未聞だ。女遊びの激しいことに定評があるのならば兎も角、相手は聡明と名高いあのアルドリックである。周囲にもざわめきが広がる。

 ルキは、しかしそれを気にもとめないといった風に続ける。


「先ほどの件で誤解があったようなので、謝罪したいと。

 クラウディア・クレイ・カーラ様と共にお待ちです」


 周りによりざわめきが広がる。ざわめきたいのはこっちの方である。何が悲しくて明らかに訳ありですと言わんばかりの所に頭を突っ込まなければならないのか。

 しかしまあ、そんな人たちに呼ばれて、断ることが出来るほどの身分が私にあるはずも無い。大人しく案内を頼むほか私に道は無いのである。

 まあ、王子や悪役令嬢の性格の謎について探りを入れるいい機会が出来たとポジティブに考えておこう。



 __余談だが、この国の貴族の名前は無駄に長い。

 私の場合、フルネームは「ミーナ・ルチナ・フォン・トーン」である。

 多くの場合、一番最初に来る名前が個人特有の名前、二番目に来る名前が尊敬する先祖から付ける名前だ。私の場合、ミーナは母に付けて貰った個人名、ルチナが男爵家に養子入りした際に、曾祖母の名前から取った名前だ。この二つを合わせた「ミーナ・ルチナ」が正しい名前になる。仲の良い友達ならば、一番目の名前だけで呼ぶのもかまわないが、初対面の相手を一番目の名前だけで呼ぶのは失礼に当たる。

 尚高位貴族と王族はこの個人名が三つに増える。一般的には一の名前を父が付け、二の名前を先祖から付け、三の名前を母から付けるらしい。まあこういった風潮があるというだけで、三つないし二つの名前を全て親が新しく決めることもあるし、逆に全てを先祖から取ることもあるので一概にこれとはいわない。が、貴族には基本名前が2つ、さらに絞って高位貴族には名前が3つあるということは確かだ。平民は1つしかない。

 そして「フォン・トーン」だが、簡単に言うと、トーン家の○○さん、という意味だ。フォン自体に明確な意味はなく、下に続く家名と個人名をつなげる役割らしい。これがエールデ家ならフォン・エールデ、ハービヒト家ならフォン・ハービヒトになる。フォン+家名という形が一般的らしい。

 しかし実際名乗るときには、先ほどの「ハービヒト男爵が長子、ルキ・レオナード」ように、父の位と自分が何子にあたるかを名乗り出ることがベターなので、フォンでつなげて名乗ることは一般的では無い。せいぜい書類で書くかなくらいである。



 さて、ルキ・レオナードに連れられて進むのは普段立ち入る事の出来ない場所だ。まあ、相手は王太子に公爵令嬢だし、厳重になるのも分かるけれども。いよいよ尋常でない空気に、どんどん胃が重くなる。基本は小心者なんだ、私は。勘弁して欲しい。廊下に立つ警備の人の「なんだおまえ」とでも言いたげな目線だけで引き返したくなる。

 必死に意識をそらしながらルキの背を追っていると、ある部屋が足が止まる。どうやら目的地に到着したようだ。


「お入りください」


 重い扉をルキが開く。その中には、見たいようで見たくなかった二人の人物がいた。


「あぁ、待ってたわ!」

「先ほどぶりだね。ミーナ・ルチナ嬢」


 男ならば思わず口を開いて見惚れてしまうような美貌のすみれ色の瞳をした美少女、クラウディアが、ぱっと花が咲くような笑みを浮かべてこちらに寄ってきた。同時に後ろに立っていた護衛がさっと剣を構える形に入る。おいおいおい勘弁してくれ私は何も動いてない。


「ごめんなさい、さっきは何かの勘違いで……それから、これ」


 申し訳なさそうな顔をするクラウディアの手の中には、土で汚れた見慣れたハンカチがあった。気付かないうちに落としていたらしい。


「まあ、そんな、わざわざ……」

「本当にごめんなさい、こんなものしかないけれど、許してくださる……?」


 話聞けよ!

 気にしないでくださいと言う間もなく、彼女の侍女らしい少女から、真新しいハンカチを差し出された。自分で持っていたハンカチとは比べものにならないほどに上等な生地のハンカチだ。いい匂いがするし品もいい。


「わたくしの持っている未使用のハンカチが、それしかなかったの。あなたの汚れてしまったハンカチが、何処で購入したものかも分からないから……とりあえずそれを受け取ってくださいませ。後日同じものもお返ししますわ」


 いやいやいや、この上質なハンカチをくれる上に、元々落としたやつまで新品を買って返却だなんてとんでもない。

 なんとか言いくるめて、このハンカチだけで済ませて貰った。本当であればこんな高価なハンカチだって受け取りたくなかったけれど、そこはクラウディアが譲らなかった。

 まあ、ね。どうしてもくれるというなら、こんな高いもの、貰うしか無いというか。仕方なくね、しかたなく。


「さて」


 私とクラウディアのやりとりを黙ってみていたアルドリックか、口を開いた。


「クラウディア、きみはもう戻るんだ」

「えっ……でも、」


 アルドリックの発言に、クラウディアは困ったような顔をする。さもありなん、自分の婚約者が、同年代の女と、個室で話す状況は避けたいところだろう。私だって避けたいところだ。というか何言い出すんだこの王子。

 こちらを眺める目でなんとなく察した。この男、腹黒だ。言うなれば化け狐。柔和な王子の皮を被ってこそ居るが、中身は外見の通りじゃ無いだろう。信用ならないし、二人で話すと言うことはしたくない。

 二人きりになって欲しくない、そんな思いが届いたのだろうか、アルドリックが「ああ」と手を叩く。



「大丈夫、護衛の者はつけるから、心配はいらないよ」



 暗殺(そう)じゃねえよ。

 クラウディアも「そういう意味じゃ無い」といいたげな顔をしている。そりゃそうだ。なんだこいつ、そういうことに関しては鈍感みたいな奴か。なんだこいつ。

 これには流石に黙っていられないだろう。ほらクラウディア言ってやって言ってやって!

 彼女は何かを言おうと口を少し開いて、また閉じた後、「分かりました」と部屋を出て行った。アレー!?



 何か言う空気だったじゃん今、残していくなよお前、お前の婚約者だろ何とかしろよ!!

無情にも扉は閉まった。固まる私に、小動物の皮を被った狐がニイと笑みを浮かべた。



「さあ、話をしようか。ミーナ・ルチナ」



 ひくりと顔が引きつる。嫌だと叫ばなかったことを、誰か褒めて欲しいくらいだ。


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