鎧坂雪音という女
現在、高校三年の夏、俺はポケットに両手を突っ込みつつ、猫背で街をうろついていた。学校帰りだが、最近俺は誰からも放課後に呼び出しを受けなくなっていた。いじめられなくなったのだ。
「――お前に絡んだやつが片っ端から災難な目に遭っちまう。もうお前とは関わらねぇ」
そう言ったのはヤンキーグループの下っ端だった。俺のことを気味悪がったのだ。ふっ、まぁ当然だな。あのグループは今壊滅状態に陥っているのだから。
もはや最強と言ってもいいこのスキルを手に入れてから、俺にはほとんど悩みがなかった。しかし一つ気がかりなことがある。
同じクラスの鎧坂雪音という女が、最近やたら俺のことを見てくる。俺が見返すと視線をそらしやがるし、一体どういうつもりなのか分からない。
鎧坂は俺が言うのもなんだが、そうとうに陰気で、ボサボサの黒髪が長くなりすぎて顔が隠れてしまっている。どこか不潔な感じもして、はっきり言って気持ち悪い。
その鎧坂が今、俺の後を尾行している。
正直言って不快だから、さっさとざまぁして痛い目を見てもらおうと思っているのだが、スキルを使っている感覚があるのに、彼女にはいっこうに何も起こっていないようだ。
俺が今使っているのは、通称(俺命名)で、不幸の度合いはたいしたことがないが、その代わりに即効性がある。
俺はかれこれ数十回は《インスタントざまぁ》を発動させているが、彼女はそれでも俺の後をつけている。
「くっそ、どういうことだよ……」
街の郊外へ出てもストーキングは続き、だんだん自宅が近くなってくるにつれて俺の苛立ちは大きくなっていった。
そしてむしゃくしゃして《インスタントざまぁ》を百連発で唱えてしまった。すると、
「うっっ!」
いきなり胸が痛み出して、俺はその場で倒れ込んだ。どこからともなくあの神の声が聞こえてくる。
――ざまぁ。
何が何だか分からないが、俺は神にあざ笑われているらしい。
急激に意識が落ちていく中、一人の女が俺の元へ駆け寄り、こう言った。
「大丈夫、堂本君は私が助けるよ」
その声を最後に、俺は意識を失った。




