【エンディング3】
グリーンウェイ伯母さんは、屋根裏部屋で大きな物音がした時、一階の居間のテーブルで新聞を読んでいる所でした。
老眼鏡を下げて、天井を見上げたグリーンウェイ伯母さんは、
「あの子ったらまた何かしでかしたわね。」と独り言を言うと、
屋根裏部屋まで聞こえるように、普段から大きい声をなおさら張り上げました。
「チェイミー!下りてらっしゃい、チェイミー!」
すると、バタバタと階段を大急ぎで下りて来る音がして、間もなくほこりやすすでまだら模様になったチェイミーが、大真面目な顔で居間に飛び込んで来ました。
「伯母さん!アンリおばさん!アンリ・グリーンウェイ伯母さん!」
名前を何度も言い直しながら向かって来るチェイミーの勢いに押されて、グリーンウェイ伯母さんは文句の言葉をひとまず飲み込んで、落ち着くようにと手で制しながら、「何だね、どうしたんだね。ねずみでもいたのかね。」と聞きました。
「ええ、ねずみは居たわ。ハツカネズミよ。赤と青のチェックのチョッキを着て、青い蝶ネクタイを締めて、ミニチュアのアンティークの部屋に住んでいるのよ。知っているでしょう?」
「あなたの好きな漫画の話かね?」
「違うわ。これよ。」
チェイミーは持っていた日記帳をさし出しました。
「この日記帳には、物語が書いてあるの。題名はほら、『アンリとオルゴールの国』よ。そして、ここに、A・Gってイニシャルがある。アンリ(A)・グリーンウェイ(G)。これ、伯母さんが作った物語の本なのでしょう?」
グリーンウェイ伯母さんは、その色あせた日記帳を受け取って、表紙をしげしげと眺めていましたが、だんだん口元がほころんだかと思うと、また次第に難しい顔になって(伯母さんを見ていたチェイミーの顔も、ちょうど伯母さんと同じように変わって行きました)、「どこで見つけたの?こんなもの。」とさも嫌なものを見たという口調で言いました。
でも、チェイミーはここで引き下がるわけにはいきませんでした。何しろ、世話になったロジャーが城の屋根の上で追い詰められて、チェイミーの助けを待っているのですから。
「これから私が言う事をよく聞いて。伯母さん。この本は、未完成のまま放っておかれていたわけだけど、中途半端なところで終わっているので、物語の中の動物たちが、ずーっとひどい目に遭い続けているの。ムッシっていう縦縞猫の王様が、動物たちを支配していじめているのよ。かわいそうだと思わない?」
「思わないね。私が書いた絵空事だもの。それに、未完成のお話は、最後のところで時間が止まっていると思うがね。もし、あなたが言うように、勝手に中にいる連中が動き回れるなら、ハッピーエンドも自分たちで作って行けばいいじゃないか。」
「物語が未完成でも動物たちが動き回る事が出来るとか、動物たちには勝手に未来を作れないっていうルールを設けたのは、伯母さんでしょう?動物たちは、今でも律儀にそれを守っているのよ。ほら、これを見て。」
チェイミーは手のひらに乗せた金色の歯車を見せました。
「何だねそりゃ。」
「三十三番の歯車よ。ジョン・グリーンウェイが、オルゴールが鳴らないように抜き取って、フェネックのベルナルドに預けておいたものよ。ベルナルドはそれを私に渡してくれたの。」
「ジョンが?そういえば、ジョンも子供の頃、私にこの本の続きを書いてくれって、しつこくせがんだ事があったっけ。」
「どうして書いてあげなかったの?」
「面倒だったんだよ。それに……。」
グリーンウェイ伯母さんは、薄汚れたチェイミーに気が付くと、
「まあまあ、すっかり話に釣り込まれちまった。さあ、早く風呂場にお行き!全く、あなたって子は、一日も女の子らしく綺麗な格好で過ごす事ができないの?」
と、風呂場に行くようにうながしました。ところが、チェイミーは腕を組んで仁王立ちになり、
「いやよ。伯母さんがきちんと理由を話してくれるまでは、ここを絶対に動かないわ。」と言い切りました。
グリーンウェイ伯母さんは、とうとうあきらめて笑い出しました。
「はいはい。じゃあ、話してあげるから、風呂に入って着替えてらっしゃい。」
そこで、チェイミーは脱兎のごとく居間からいなくなりました。
ほどなくして、小奇麗になったチェイミーが居間に戻って来ると、グリーンウェイ伯母さんは、窓辺の籐椅子にゆったりと腰かけて、日記帳の途中のページを開いて、静かに目を通している所でした。
「チェイミー、これ、あなたが書いたの?」
伯母さんが日記帳を渡したので、チェイミーが開かれたページを読んでみると、見慣れた自分の字で、こんな事が書いてありました。
〝ベルナルドはロジャーと顔を見合わせると、真面目な顔で向き直って、「ここからは俺たちの問題なんだ。あんたは関わらない方がいい。」と、きっぱり言いました。
「それは違うわ。この世界は、建国者によって書かれた物語の通りにしか未来を作れないんでしょう?だとしたら、この国の未来をどうするかは、最初に物語を書いた人に責任があるのよ。」チェイミーも、ふたりに劣らず真剣でした。
「建国者はもういないんだ。それとも、君が女王になって、この国の未来を書き進めてくれるのかい?」ロジャーが聞きました。
「いいえ。私じゃきっと、全ての問題を解決するほど上手には書き進められないと思う。でも、建国者ならできると思うわ。建国者は、今、この国にはいないけれど、私の住む外の世界では健在なのよ。その人が建国者なのは、おそらく間違いないと思うわ。」
ロジャーが「えっ。」と驚いて、
「それは誰なんだい?」とたずねました。
「今は言えない。名前を明かすかどうかや、この国の未来を書き進めるかどうかは、その人自身に決めてもらいたいの。」〟
チェイミーは、胸がドキドキと高鳴るのを感じました。
私が体験したことが、物語の続きとして書き進められている!しかも、私の字で!
「これ、私が書いたんじゃないの。私が体験したことなのよ。本当にあった事なのよ。」
嬉しさに飛び跳ねたいような気持ちで、チェイミーは説明しました。
いつものグリーンウェイ伯母さんなら、「そんな下らない空想話はごめんだよ!」なんて言って黙らせようとするところですが、今日はじっと考え込むように、話を聞いてくれています。
「ジョンの体験も書いてあるのよ。子供の頃、ジョンもオルゴールの国に行ったんだから。そして、王子になったんだけど……、おっと、それは、読んでからのお楽しみね。」
チェイミーは、日記帳をまたグリーンウェイ伯母さんに渡しました。
「ええ。とても面白いわ。それに、読んでいると、忘れていたことが、だんだん思い出されて来たの。グレッグさんや動物たちの活躍の事や、物語を書き進めていた時の、楽しい気持ちも。」
「伯母さんが書いたところはほとんど読んでいないので、グレッグさんの事は分からないわ。」
「あら、だめねぇ。一番面白いアヒルなのに。」
「グレッグさんってアヒルなの。」
「そうよ。オルゴールの国にそのアヒルありと言われたすご腕の冒険家なの。私もよく一緒に古代遺跡のある密林なんかへ宝探しに出かけたものよ。」
「わあっ、伯母さんが?信じられない!」
グリーンウェイ伯母さんはウフフッと若やいだ声で笑うと、少しさびしそうに、「でもね、この物語には、楽しい事ばかりを書いたわけではないの。人生の中で、悲しかったこと、つらかったこと、嫌だったことを、吐き出すために、書いた部分もある。それが、だんだん重荷になってね、続きが書けなくなっちゃったのよ。」
「そうだったの。」チェイミーは、分かるような気がしました。誰だって、ムッシ王みたいな嫌な奴が威張りくさるようになったお話の続きなんて、書きたくないですからね。
「でも、チェイミーが書いてくれた続きを読むうちに、この続きなら、書けるかもしれないって、思えるようになって来たの。」
「本当に?」
「ええ。私、物語を読んだり書いたりするのが子供の頃から大好きだった。このお話も、二十年くらいかけて、コツコツ書いていたのよ。それが、人生で色んなことがあって、夢を求める事をあきらめて行って、そうすると、いつの間にか、物語も空想の世界も縁遠くなって行って、記憶が薄れて行って、おしまいには嫌いになってしまって……。でも今は、もう一度、書けるものなら、たとえ時間がかかっても、結末まで、書いてあげたいわ。もちろん。最高のハッピーエンドになるようにね。」
「ああ。読みたい!お願いよ。本当に書いてね。それと、もし続きを書くなら、『オルゴールが鳴るようになると、世界中のオルゴールとオルゴールの国がつながってしまう』っていう問題も、解決してあげてね。世界中のオルゴールとつながると、どういう問題が起こるかは、私の冒険のところに書いてあるから。」
「うふふ、ええ。とりあえず、最初から読んでみるわ。それにしても、物語って、ひとりで書くより、こうやって誰かと一緒に話しながら書いた方が楽しいのねぇ。新しい発見よ。」
グリーンウェイ伯母さんは、すっかり子供のように、うきうきした調子で言いました。
チェイミーも嬉しいのと安心したのとで、思わずグリーンウェイ伯母さんにぎゅっと抱き付くと、「ああ、伯母さん!その通りよ。だって、物語は、書いた人だけではなくて、読んだ人にとっても、大切なものになるんだもの。そして、物語の中の動物たちにとっては、当たり前だけどなおさら大事な事なのよ。だから、本当に良かった。これでロジャーもベルナルドも助かるわ。ありがとう。」と言いました。
「その、ロジャーやベルナルドは、今窮地に立たされているんだね。じゃあ、早く読んでやらないといけないね。」グリーンウェイ伯母さんは、チェイミーをやさしく抱きしめながら言いました。
「ええ。あ、でも……。」
チェイミーは手に握った歯車に目をやって、
「オルゴールの鍵と歯車は見つかったんだけど、巻きネジがないの。ジョンがオルゴールの国の誰かに預けてあるのかしら?」
と小首をかしげました。
グリーンウェイ伯母さんは、「確かね……。」とつぶやきながら立ち上がって、部屋の角の戸棚へ行くと、色々な小物がつまった棚の一番上の段から、青くて可愛い小箱を下ろしました。ふたを開けると、金色の巻きネジが一つ、入っていました。
「私も、オルゴールの国がこちらの世界に解放されてしまうのは心配だったから、念のために巻きネジを隠して、誰かが勝手に鳴らしてしまわないようにしておいたのよ。」
チェイミーはぽかんとした後で、張っていた気が抜けて笑い出しました。
「なあんだ。ちゃんと考えてくれていたのね。」
「ええ。物語が書き上がったら、ジョンを呼んで、歯車を元に戻してもらおうね。そして、三人でオルゴールの音色を聴く事にしましょう。」
「うん!」
チェイミーはその日が来る事や、これから起こるだろう事が、今から楽しみで楽しみで仕方がなくなって来ました。
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これで、不思議なオルゴールのお話は、おしまいです。
グリーンウェイ伯母さんが、物語を書き上げる事ができたのかや、それがどんなお話になったのかは、私はまだ分からないけれど、それでも、大して心配はしていません。
なぜなら、今のグリーンウェイ伯母さんには、チェイミーとジョンという、オルゴールの国を心から愛してくれる、頼もしい味方が付いてくれていますから、きっと、ロジャーやベルナルド、そして、オルゴールの国のみんなが、跳ねまわって喜ぶくらいの結末を用意してあげられると思います。
みんなを幸せにする物語って、実はそういうものなのです。
完




