【28】
宝物の間に来たふたりは、宝石や調度品が整然と展示された棚の間を通って、壁にたくさんの油彩画が掛けられた部屋の奥の広い場所に出ました。
円柱のテーブルの上から再び日記帳を手に取ったチェイミーは、「持ち主に返しに行くんだから、泥棒にはならないわよね?」と念のためロジャーに聞きました。
「君が本の持ち主だと思っている人間が、本当にこの国の建国者ならね。」
そう改めて言われると、自信がなくなりそうでしたが、とにかく物は試しです。チェイミーは本を小脇に挟んでロジャーと一緒に部屋を出ました。
ところが、間の悪い事に、そこへワラビーのラッパ手のスタンリーが、午後三時の時を知らせるラッパの招集に遅れて、駆け足で通りかかりました。
「あ。」
スタンリーはチェイミーが持った日記帳を目ざとく見つけると、部屋の扉に貼られた【宝物の間】という名札と、何度も見比べはじめました。
ロジャーが、「さあて、次はどの部屋を案内しようか?」と空々しく言いながら、チェイミーを引っぱってその場を去ろうとしましたが、スタンリーはすかさず胸いっぱいに息を吸い込んで、腰に提げたラッパを口にくわえると、突撃の合図となるメロディを、あらん限りの大音量で吹き鳴らしました。
タッタラッタタッタラッタタッタラッタタッタター!
そして、逃げ出したふたりを追いかけながら、「宝物の何かの泥棒!宝物の何かの泥棒!」と叫び続けました。
階段まで逃げると、階下から甲冑を着て長槍を持ったハリネズミの近衛兵の分隊がわらわらと登って来るのが見えました。
ふたりはハリネズミの近衛兵たちとスタンリーに追いかけられながら階段を上って、上の階の廊下に出ました。
すると、ロジャーは、日記帳をチェイミーからかすめ取った後で、「君はこの先のバルコニーへ行け!二手に分かれるんだ!」と言って、廊下を反対側に走って行ってしまいました。
チェイミーは廊下沿いにたくさん並んだバルコニーのガラス扉のうち、どれがもと来たバルコニーだったか、記憶があやふやでしたが、よく見ると、奥の一つが閉め忘れて開けっ放しになっていたので、祈るような気持ちでそこに走って行きました。
「あっ!バルコニーの扉の閉め忘れはランプ磨き五十個の厳罰だぞ!」「スタンリー、またお前か!」「僕じゃないよ!」
チェイミーの後ろの方で言い争う声が聞こえましたが、どうやらおかげで、もと来た三十三番の歯車の塔の屋根まで続く、長い長い梯子がかかったバルコニーにたどり着く事ができました。
チェイミーは怖いのを我慢して、すぐにせっせと梯子をのぼりはじめました。
まん中くらいまで、休まずにのぼって、ちらっと振り返ってみると、スタンリーやハリネズミたちに混じって、ムッシ王がすごい形相でこちらを見上げながら、「下りてこい!この泥棒猫め、いや泥棒姫め!」と叫んでいるのが見えました。
やがて、ハリネズミたちやスタンリーも、ムッシ王から急かされて、おっかなびっくり梯子を上りはじめました。
それからさらに上り続けて、ずいぶん息を切らして、チェイミーはやっと頂上の屋根まで上り詰めました。
「案外早かったじゃないの。」
顔を上げると、ロジャーが手をさし出して待っていました。
チェイミーはキツネにつままれたような気持ちで、
「どうやって追い越したの?」と、引き起こされながら聞きました。
ロジャーは詰所の掘立小屋を指さして、
「あの中に昇降機があるのさ。僕らくらいの大きさの動物、専用のね。」と教えました。
チェイミーは、動物たちが利用する小さな昇降機を、ぜひとも見てみたいと思いましたが、今はそれどころではありません。
ロジャーは、チェイミーの世界につながる天窓を開いて、「おおい、ウォルコットさん!」と呼びました。
すると、すぐに、
「よう。来るのかい?」
と返事がありました。
疲れたチェイミーが這うように天窓の縁まで近づいてのぞき込むと、オルゴールのぜんまいや歯車が取り囲んだその先の、大きな四角い枠の縁から身を乗り出していたのは、やけに大きく見える顔のハツカネズミのウォルコットさんでした。彼は早くも縁から紐を垂らして、こちらの返事を待っていました。
チェイミーは、名残惜しそうにロジャーに手をさし出しました。
「じゃあ、行って来るわね。」
「ああ。本当に頼むぜ。僕はもうこの通り運命のどん詰まりなんだから。」
ロジャーは握手の代わりに、日記帳を手渡しました。
「うん。ちょっと待ってて。でも、もしだめだったら、私が続きを書くから、大丈夫。」
「何にしても、早く行きな。そして、みんなにとって良い未来を招いてくれよ。」
ロジャーは、日記帳を小脇に抱えたチェイミーと、しっかりと握手を交わしました。
それから、天窓の縁に屈んだチェイミーは、「ええ、行くわ!」と、ウォルコットさんに返事をすると、手を伸ばして、振り子のように揺れる紐を追いかけて、何度かつかみ損ねた末に、やっとつかまえました。
そのとたん、チェイミーの体は天窓に吸い込まれて、来た時と同じように、オルゴールの中の機械のすき間を風のように通り抜けると、元いたグリーンウェイ伯母さんの家の屋根裏部屋に放り上げられて、ドシンという音と共に、床にうつぶせに投げ落とされました。
「いった~い……。」
チェイミーがしかめた顔を上げると、その脇には、いつの間にか、あの猫の陶人形が付いたオルゴールが、ふたを固く閉じられて転がっていました。そして、チェイミーの手には、オルゴールの国の全てが書かれた、A・Gのイニシャルがあるあの日記帳が握られていました。
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