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【25】


 ベルナルドのアパートが立つ丘の向こう側は、小さな森になっていました。

「あの森には、泉がある。水面をのぞくと、何かとためになる事が映し出されるから、〝真理の泉〟と呼ばれているんだ。行ってみようか。」ロジャーに勧められて、チェイミーは「わぁ、もちろん!」と大喜びで賛成しました。そんな面白い事が起こる泉なんて、チェイミーの暮らす世界では、おそらく絶対にお目に掛かれないでしょうからね。

 木々が左右からアーチのように伸びた森の入り口に入ると、とても良い匂いがする落ち葉が敷きつめられた小道が続いていました。ちょっとカラメルに似た、こうばしく甘い香りです。チェイミーはカサカサいう落葉を踏んで歩きながら、「どうしてだろう。この匂い、どこかで嗅いだことがある気がする。」と、不思議そうにつぶやきました。するとロジャーは「そうかい?この落ち葉は、カツラという木の葉らしいよ。」と教えました。そこでチェイミーは、「ああ、そうよ。これ、グリーンウェイ伯母さんの家の庭の落葉の香りよ。庭のまん中に植わっている木が、カツラの木だって、伯母さんが言っていたもの。」と納得しました。

「ふうん。美味しそうな香りだけどさ、食べてもまずいんだぜ。」ロジャーが言ったので、チェイミーは「食べたのね?食いしん坊!」と笑いました。

 間もなく、開けた明るい場所に出ると、そこに泉がありました。

 泉は綺麗な円い形で、以前訪れた事のある、リヴァプールのウォーカー美術館の前にある噴水くらいの大きさでした。

「可愛い泉ね。」

 チェイミーは早速、泉の傍にかがんで水面をのぞき込んでみました。

 小石と砂が敷かれた底が見えるくらい、透き通った水のおもてには、不思議と鏡のようにはっきりと、チェイミーの姿が映っていました。

 しかし、その顔は、王冠をかぶった縞模様の猫になっていました。

「うわぁ。見て、私の顔が違うわ。」チェイミーは、自分の顔が本当に変わってしまったのではないかと心配になって、頬や鼻を触ってみましたが、どうやらちゃんとした人間の顔でした。

「ロジャーものぞいてみてよ。」

 チェイミーからうながされて、ロジャーも泉に体を乗り出しました。

 すると、ロジャーの顔は、いかにも朴訥ぼくとつそうな、人間の少年の顔に変わっていました。

「なんだこりゃ。」

「不思議ねぇ。」

 ふたりは面白いやら、気味が悪いやら、変てこな気持ちで、水面に映った自分の顔や、お互いの顔に見入りました。

 しばらくして、ロジャーは立ち上がると、「さあ、もう行こう。面白いけど、意味はよく分からなかったね。」と言いました。

「そうかしら。私は何だか、大事な事を教わったような気がするわ。」チェイミーは、猫になった自分が今の自分とどう違うのか、もっと見ておきたい気がしましたが、ロジャーがずいぶん先へ行ってしまったので、「待って!」と言いながら駆け足で後を追いかけました。


・さっきの丘の斜面をさらに下ってみる 【27】へ



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