【23】
ロジャーはだんだん入り組んで狭くなる裏路地を進んで行きながら、「ちょっと寄りたいところがあるから、ついて来て。」と言いました。
ある一軒の、壁のくすんだみすぼらしい家の前で立ち止まったロジャーは、辺りをうかがってから、扉をノックして「僕だよ。ロジャーだよ。」と呼びかけました。
するとすぐに、扉がきしみながら開いて、ロジャーと同じくらいの背丈のカピバラが出て来ました。
そのカピバラは、チェイミーを見るとしばらくぽかんとしていましたが、ロジャーが、
「今日、あっちの世界から来たんだ。これからベルナルドに会わせようと思って。」と言うと、心配そうに声を落として、「大丈夫なの?」とたずねました。
「うん。信用できる子だよ。まだ、計画の事は話してないけど、分かってくれると思う。」
女の子らしいそのカピバラは、ロジャーの説明を聞いて安心したようで、軽くお辞儀をしてからチェイミーを家に招き入れました。
簡素な椅子と食卓があるだけの、日当たりの悪い寂しげな部屋でしたが、ロジャーは案外くつろげるようで、「やれやれ、今日はたくさん歩いたからくたびれたな。」と言いながら、ゆったり椅子に腰かけると、女の子のカピバラが持って来てくれた水を飲みました。チェイミーも、なにか事情があるのだろうなとは思いながら、口出ししてはいけないような気がして、低い椅子に窮屈に座ると、大人しく水を飲んで様子を見ている事にしました。
ロジャーは、女の子のカピバラを、アイリーンと紹介しました。
「アイリーンのお父さんのマルコはね、僕の前に、人間の案内役を務めてたカピバラなんだ。若い頃に、ジョン王子に会った事もあるそうだよ。」
「へえ。ここでのジョンの様子がどんなだったか、聞いてみたいな。」
チェイミーが話を振ると、アイリーンは寂しそうに微笑んで、「父からは、やんちゃで、正義感の強い、優しい男の子だったと聞いています。ジョン様は、この家にいらして、ちょうどチェイミーさん、あなたの座っている椅子に腰かけて、父と話をするのが好きだったそうですよ。」と言いました。
「お父さんは?」
チェイミーが聞くと、顔をうつむかせたアイリーンの代わりに、ロジャーが答えました。
「マルコはね、ムッシ王に対する謀反を企てた罪で、外の世界に追放されてしまったんだよ。」
「そんな、マルコはどうなっちゃったの?」
「表向きは、行方知れずってことになっているけど、本当は、ほら、君の世界で案内役をやってるウォルコットさんがいるだろう、彼の先祖が、こっそり世話をしてくれていたんだ。亡くなるまでね。でも、生きている間にオルゴールの国に戻って来る事は、とうとうできなかったよ。」
「そんな事があったなんて……。」チェイミーは言葉をなくしました。だって、今までは、オルゴールの国の事を、変わった所があるし、ムッシ王は意地が悪いけれど、他の動物たちにとっては、わりあい平和で愉快な、暮らしやすい国だとばかり思っていたからです。
「マルコは、みんなをかばって、ひとりで罰を受けたんだ。ムッシ王の政治を嫌っている動物たちは、昔も今も、少なくないんだよ。もちろん、ムッシ王に媚びて、味方をする連中もいるけどね。そんな連中だって、いつかは……」ロジャーが、いつになく興奮した調子で話すので、チェイミーは胸がどきどきして来ましたが、不意にアイリーンが立ち上がって、小さな窓のカーテンの隙間から表をのぞいたので、ロジャーは口をつぐみ、その場はしんと静まり返りました。
「行った方がいいわ。」
アイリーンにうながされて、ロジャーはチェイミーを呼ぶと、無言のまま家から出ました。
玄関先で、ロジャーとアイリーンはわずかな間見つめ合いました。
アイリーンは震える声で、
「私にできる事があったら、何でも言ってね。」と言いました。
「うん。」と優しく励ますように答えたロジャーは、チェイミーを連れてその場を立ち去りました。
チェイミーは、何だかすごい事になって来たぞ、と、ただただ途方に暮れるばかりでした。
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