【22】
ロジャーはチェイミーを連れて宝物の間を出ると、廊下の先にある、庭園に面した全面ガラス張りの大きな扉の方へ歩いて行きました。
すると、廊下の向うから、小猿の書記官二匹を従えたムッシ王が歩いて来るのと行き会いました。
「園丁のスコッティの仕事ぶりを監督する時間じゃて。」
ムッシ王はガウンの胸ポケットから金時計を出して、「五、四、三、二、一、」と秒読みすると、「それっ!」と、扉を開けて庭園に飛び出しました。
ダチョウの園丁のスコッティは、運悪く、くたびれ果てて庭の隅で屈みこんで小休止している所でしたが、ムッシ王が「こらっ!園丁が勝手に小休止すると、城内の銀の燭台を全てピカピカになるまで磨く罰じゃぞ!」と怒鳴りつけるや、飛び上がって駆けだして、落ち葉をくちばしで拾っては背中に下げた大きなずた袋に集めるという作業を再開しました。(小猿の書記官はその間に新しい罰をすぐさま帳面に書き記しました。)
チェイミーたちはムッシ王のお伴をして庭園のまん中の石畳の小道まで来ました。
左右の花壇や生け垣には、桃色のシュウメイギクや赤い薔薇、淡い紫のセージ、真っ白な小花のアリッサムなど、たくさんの草花が噴水までの道のりを甘い香りに包んで彩っていました。
ムッシ王は小道の所々に落ちた枯葉をチェイミーに示して、
「スコッティが散らかしてもよい落葉は五枚じゃ。それ以上落ちていれば、片足とびで城外三周の罰であるぞ。では数えるからな。」と、意地悪そうに揉み手をしてから数えはじめました。
「五、四、三、二、一、ゼロ?!」
ゼロというのは、落ち葉がなかった、という事ではありません。落ち葉が五枚以上散らかっていた、という事なのです。
「スコッティ!スコッティ!スコッティ!」
ムッシ王が大声で呼ぶと、スコッティは生垣や花壇をあたふたと飛び越えて来て、王の前にぬかづきながら、「ご用でしょうか?」と息切れしながらたずねました。
「見ろ。落葉が五枚以上散らかっておるぞ。勝手に小休止などするからじゃ。罰として、三ヤード以上飛びながら城外六周を命じる!」
小猿の書記官たちは、罰の内容が先ほど王が言った罰と変わっているので、どうしたものかと顔を見合わせて、お互いの帳面をおどおどしながら覗き合ったりしました。
うなだれるスコッティを哀れに思ったチェイミーが、「僭越ながら王様、ダチョウは空を飛ぶことができません。三ヤードだって難しいかも。」ととりなしましたが、ムッシ王は「やってみなければ分からんわい。案外そのくらいなら飛べるやもしれぬぞ。そうなれば面白い見ものとなるだろうて。」と取り合いません。
スコッティが物悲しそうに見つめるので、チェイミーはなおも頑張りました。
「それに、こんなに広い庭園に、落葉を五枚しか散らかしてはいけないなんて、どだい無理な相談というものじゃないかしら。うちの庭にはリンゴの木が一本あるきりだけど、秋になると落ち葉は掃いたそばから次から次に落ちて来て、いつまでたっても掃除が終わらない位だもの。この国の季節が今何なのかは知らないけれど……。」
するとムッシ王は笏をチェイミーに突き付けると、ふんぞり返って、
「知りもせんことに口出しするな。川からの水汲み十回の罰を……」と言いかけましたが、急に態度を和らげて、「そなたがこの国の王女になる事をここで承諾してくれるのなら、スコッティを許してやるばかりか、目こぼしをする落葉の枚数を増やしてやってもよいぞ。」と持ち掛けました。
ロジャーが服の裾を引っぱって注意を促しましたが、助けを求めるスコッティの潤んだ瞳を再び目にしたチェイミーは、「いいわ。お約束します。でも、ずっとここにはいられないわ。来たい時に来ればいい、という条件なら。」と答えました。
ムッシ王はにんまり笑って、
「それでいいとも。この国に必要なのは人間の跡継ぎという名義だけなのじゃ。治世は引き続きわしに任せておればよろしい。」と言うと、「スコッティ、心優しい王女と寛大な王に感謝せいよ。落ち葉はできる限り掃くという事で構わん。」と伝えて、小猿の書記官を引き連れて、再び建物の入り口の方へ歩いて行きました。
スコッティが長い首をぺこぺこ下げながら、
「新しい王女様、ありがとうごぜえました。おらあ、飛ぶなんて大それたこと、考えたこともなかったで、お助けがなければ、途方に暮れてたとこだった。」と、チェイミーにお礼を言いました。
チェイミーは努めて品のいい口調で、
「いいえ、いいのよ。それにしても、ひどい王様ね。私が治めた方が、よっぽどいい国になりそうだわ。」と、案外まんざらでもない様子で答えました。
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