【20】
「ほらね。この子が悪いんだ。わざと僕に吹き出させたんだよ。」
スタンリーがみんなに訴えるようにチェイミーを指さしました。
すると、他のワラビーたちも、
「せっかく丁重に歓迎してあげたのに、よくも台無しにしてくれたな。」
「恩師らずめ。」
「ワラビーが大人しいからってなめてかかると黙ちゃいないぞ。」などと、次々にチェイミーに詰め寄りはじめました。
スタンリーをかばったつもりだったチェイミーにとっては、思いもよらない事になりました。
スタンリーは、この騒動を少し離れて眺めていたロジャーにも食って掛かりました。
「オルゴールの国の名誉を汚されたんだ。こんな礼儀知らずは、案内役のあんたが責任を持ってお引き取り願うのが筋だと思うがね。」
「私、そんなつもりじゃなかったのよ。へっぴり腰で振り向いたのは、わざとじゃないんだから。」チェイミーはみんなをなだめようとしましたが、今度は他のワラビーが聞きとがめました。
「じゃあ、自分が悪かったって言ったのは、嘘だったのかい?」
「そりゃあ……、ええと……。」チェイミーは、自分でも、なぜ悪くもない事を『自分も悪かった。』なんて言ったのか、上手く説明できずに、口ごもってしまいました。
ロジャーはため息をついて言いました。
「失敬でうそつきだと分かった人を、僕らの王様に会わせるわけにはいかないな。さあ、長居は無用だよ。さっさと自分の世界にお引き取りを!」
チェイミーは今下りて来たばかりのうんざりするほど長い梯子を見上げて、
「また、これを上るの?」
と、情けない声を出しました。
それを聞いたスタンリーが、
「こいつ、居座るつもりだよ。厚かましい奴だよ。」と罵ったので、別のワラビーが、「近近衛兵、出あえ!」と大声で号令しました。
間もなく、建物の中から、たくさん走り出て来たのは、甲冑をまとって長い槍を小脇に携えた、丸っこくて可愛らしい、十匹くらいのハリネズミの分隊でした。
ただ、いくら可愛くても、あんな槍でいっせいに突かれたら、いくら彼らより何倍も大きなチェイミーだって、たまったものではありません。
「分かったわ。帰るからちょっと待ってよ!」
チェイミーは怖いのを我慢して、またせっせと梯子をのぼりはじめました。
まん中くらいまで、休まずにのぼって、ちらっと振り返ってみると、ワラビーたちやハリネズミたちは相変わらずバルコニーに群がってこちらを見上げていて、得意げに「わあ!」と、ときの声を上げました。
それからさらに上り続けて、ずいぶん息を切らして、チェイミーはやっと頂上の屋根まで上り詰めました。
「案外早かったじゃないの。」
顔を上げると、ロジャーが手をさし出して待っていました。
チェイミーはキツネにつままれたような気持ちで、
「どうやって追い越したの?」と、引き起こされながら聞きました。
ロジャーは詰所の掘立小屋を指さして、
「あの中に昇降機があるのさ。僕らくらいの大きさの動物、専用のね。」と教えました。
チェイミーは、動物たちが利用する小さな昇降機を、ぜひとも見てみたいと思いましたが、自分の世界に帰らされることをすぐに思い出して、「ああ。」とわざと沈んだ調子で返事をしました。
ロジャーは、チェイミーの世界につながる天窓を開きながら、「僕はこの城では一番下っ端だからな。ワラビーのラッパ手にだって逆らう事なんかできないのさ。」と、諦め顔で言いました。
「そうだったのね。」
チェイミーの気持ちは、それでいくらか和らぎました。
「おおい、来るのかい?」
天窓の中から声がして、のぞき込むと、オルゴールの機械が取り囲んだその先では、やけに大きな顔のハツカネズミのウォルコットさんが、四角い外枠の縁から身を乗り出して、こちらに紐を垂らして待っていました。
「じゃあ、さようなら。」
「ああ。今日は、少ししか案内できなくて残念だったけど、会えて良かったよ。」
チェイミーとロジャーは、お互い肩をすくめ合いながら、仲直りの握手をしました。
それから、天窓の縁に屈んだチェイミーは、手を伸ばして、振り子のように揺れる紐を追いかけて、何度目かでやっとつかみました。
そのとたん、チェイミーの体は天窓に吸い込まれて、来た時と同じように、オルゴールの中の機械のすき間を風のように通り抜けると、元いたグリーンウェイ伯母さんの家の屋根裏部屋に放り上げられて、ドシンという音と共に、床にうつぶせに投げ落とされました。
「いった~い……。」
チェイミーがしかめた顔を上げると、その脇には、いつの間にか、あの猫の陶人形が付いたオルゴールが、ふたを固く閉じられて転がっていました。
・【エンディング2】へ




