【16】
「どうしてロンドンの人口をお知りになりたいのですか?」
チェイミーがたずねると、ムッシ王はにんまりと笑って、
「わしが知りたがる理由を知りたいのかね?よし。これはな、わしが王位に就いて以来、ずっと温めておった計画と関係するのじゃ。しかも、このオルゴールの国をしこたま栄えさせるための、近代未見の秘密の大計画なのじゃ。」
チェイミーは、こっそりロジャーに、
「〝きんだいみけん〟って何?」とたずねました。
ロジャーは、「知らない。ヴァイオリンの先生なら教えてくれたろうにね。」と耳打ちしました。
「秘密の大計画って?」
チェイミーがあらためて質問すると、ムッシ王は、尖った歯を見せて笑いながら「それはな……」と話しかけましたが、パクンと口を閉じると、そっぽを向きながら、「何しろ国家機密じゃ。機密の漏えいは、城中の鏡磨きと靴磨き五十足という重い罰じゃぞ。」と、素っ気なくつぶやきました。(すると、さっき部屋を出て行った小猿が、ドアから少し顔をのぞかせて、ムッシ王の言った罰を帳面に書き写してから再び引っ込みました。)
ムッシ王は、残念そうなチェイミーの顔を横目で見ると、「しかし、そなたがこの国の王女となり、行く行くはわしの後を継いでこの国を治めてくれると約束するなら、喜んで教えてやろう。」と言いました。
チェイミーは、降ってわいた素敵な話に目を輝かせました。
「私を王女にですって?ジョンを王子にしたように?」
「そうじゃ。ジョンを王子に迎えるにあたっては、国中の動物が出席した宴を催したのじゃぞ。焼きたての菓子が山ほどに音楽に舞踏会に、白鳥の湖から花火まで打ち上げて実に盛大じゃったのじゃ。その模様を描いた大きな歴史画も、宝物の間の奥に飾られておる。」
チェイミーはそこで小首をかしげました。
「まあ、ジョンはそんなことちっとも話してくれなかったけど……。」
「忘れたのじゃ。」
ムッシ王は悲しげに天井を仰ぎ見ました。そして、「オルゴールの国を訪れた者が、その思い出を忘れないためには、忘れるもんかという頑固な姿勢をしゃにむに持ち続けなければならんのじゃ。学校や家事や仕事など別な事にかまけてその気持ちがおろそかになると、とたんに何もかも忘れてしまう。それが、この国の建国時に、建国者によって設けられた第一の決まり事なのじゃ。」
「この国の建国者は、ムッシ王ではないのですか?」
チェイミーがたずねると、ムッシ王はハッとして、「その辺の事情は、立て込んで……もとい込み入っておるでな。そなたがこの国に馴染んだ頃に、追い追い話してやる事にしよう。今日は細かい事は気にせずに心行くまで遊んで参れ。そして、そなたを王女に迎えるという件、色よい返事を待っておるぞ。もし断われば……、まあいい、罰はそうなった時に考える事にしてやるわい。」
と言うと、ふかふかのクッションが敷かれたソファーに横になって毛づくろいをしながら、「案内を続けよ。」とロジャーに命じました。
そこで、ロジャーとチェイミーは、またうやうやしくお辞儀をしてから、部屋を後にしました。
廊下をしばらく歩いてから、チェイミーは、「この国の王女にだって。本気かしら。そして、王女になったら、行く行くは女王になって、この国を治めてほしいんだって。私にできるかしら。」と弾んだ小声でロジャーにたずねました。
すると、ロジャーが手招きしたので、チェイミーは腰をかがめて、彼の口元に耳を寄せました。ロジャーはささやき声で言いました。
「いいかい。甘い話には、必ず裏があるんだ。初対面の君に、王女になってほしいなんて、そんな夢みたいな話が転がり込んでくるなんて、いくらオルゴールの国の猫の王様の言う事だって、おかしいとは思わないのかい?」
チェイミーは、ロジャーの真剣なドングリ眼を見つめると、
「たしかに。おかしいわよね。」
と、ようやく顔を曇らせました。
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