【12】
廊下の突き当りの、【習い事の間】という名札が貼ってある扉の前で、ロジャーは立ち止まりました。
「ここはね、王族が礼儀作法を学んだり、紳士淑女のたしなみとして、楽器や絵を習ったりする部屋だよ。」
扉を開けると、蝶番が軋むようなギーコ、ギーコという耳障りな音が聴こえて来ました。
今しも、チェイミーと同じくらいの背丈の、金の王冠をかぶった丸々と肥えた縦縞の猫が、先生らしい白い巻き毛のかつらをかぶったオランウータンから、見よう見まねでヴァイオリンを習っている所でした。
「おっと、王様がお稽古の最中だった。」
ロジャーが小声でつぶやいてかしこまったので、チェイミーも慌ててロジャーの真似をして腰をかがめました。
縦縞の猫、つまりムッシ王は、ひとしきり下手くそなヴァイオリンを奏でると、満足そうに弓を下ろして、「どうじゃ、目が覚めるような名演だったであろう。」とオランウータンにたずねました。
オランウータンは感に堪えないというようにかぶりを振りながら、「まさしく。寝ている者も目を覚ます名演でございます。不世出の天才とは王様のためにある言葉のようなものでございますな。」と答えました。
ムッシ王は誇らし気に頬ひげを膨らせてから、「しかしな、スタンダード(標準)がわしは苦手じゃ。ストレンジ(奇妙)の調子が狂うでな。」
オランウータンはあごをなでながら、「さよう、スタッカート(音を短く切る演奏)でしょう。それからストリング(弦)ですかな。王様は力任せに弾くから……。」と言いかけてハッとして口をつぐみました。
ムッシ王は見る見る顔をゆがませて、オランウータンを怒鳴りつけました。
「えい、無礼者め!皿洗い五十枚の罰じゃ!書記官!」
振り向いたムッシ王ににらまれて、ロジャーとチェイミーは縮み上がりましたが、すぐに部屋の隅にいた二匹の小猿の内の一匹が「こちらでございます!」と言いながら王の前に駆けつけて帳面を開いて、先ほど王が命じた罰を書き込み、駆け足に部屋から出て行きました。すると、それと入れ違いに、甲冑を着た二名のハリネズミの近衛兵が入って来て、うなだれたオランウータンの先生を槍でつつきながら、部屋の外へ連れて行ってしまいました。
ムッシ王はヴァイオリンを放り出すと、あらためてチェイミーを振り返って、「む、人間がわしの国を訪れるのは久方ぶりじゃな。大方ジョン・グリーンウェイの知り合いであろう。名は何と申す。」とたずねました。
「チェイミーです。ジョンはいとこです。」
「そうか、ジョンはとんだ放蕩王子じゃった。せっかく王子に取り立ててやったのに、『色鉛筆を取って来る。』と出かけたまま一向に帰って来んので、年頭にやむなく王子の地位をはく奪したばかりじゃ。しかし、勇敢で物おじしない、見込みのある王子じゃった。ジョンは達者かの?」
チェイミーは、ユーモアと行動力のあるジョンを思い浮かべて、さぞかしオルゴールの国の王子にふさわしかっただろうな、と想像しながら、
「はい。今、ロンドンに住んでいます。」と答えました。
「ロンドンとは、向こうの国の首都だったな。ちなみに、今の人口は何人じゃ?」
「さあ。」
「さあとはなんじゃ。自分の国の首都の人口も知らんとは情けない。このオルゴールの国でそんな国民がおれば、地理の授業十時間とまき割り三時間の罰じゃぞ。」
小猿の書記官がすかさず進み出て、帳面に罰を書き記し始めましたが、ムッシ王はその小猿に、
「我が国の今現在の動物の頭数は何頭じゃ。」と聞きました。
小猿は罰を書き記す以外の事を覚える余裕がなかったらしく、うつむいてもじもじした後で、「さあ。」と答えました。
「自分で書いた罰を持って、とっとと裁判所に行け!」
ムッシ王から命じられて、小猿はうなだれながらとぼとぼと部屋から出て行きました。
ムッシ王はソファに腰を下ろすと、「わしに『さあ。』という返事をした者は、城中の窓という窓の拭き掃除の罰じゃ……。えい、書記官がおらんではないか。」と言って、大あくびをしました。
チェイミーはロジャーと顔を見合わせて後ずさりしました。
・引き続きロンドンの人口の話をする 【16】へ
・部屋を抜け出したのち、ロジャーに他の部屋を見せてもらう 【14】へ




