真夏のシ者
その子を好きになったきっかけは、可愛らしかったからだ。
なんで、好きになったの? と聞かれたら、それしかない。
だって、可愛いから。
そりゃあ、俺は、まあ……。
ここで自虐的になるのは、よそう、惨めだから。
だけども、その子は可愛い。
彼女、齋藤涼子は、近所で幼馴染だった。
自分、横原類は、保育園の頃からの付き合いだった。
「蝙蝠‼」
ファーストコンタクトは、そんなあだ名だった。
なんで、そのあだ名がついたのか……。
それは、涼子が、男塾という漫画が好きらしく、そこに出てくる蝙翔鬼というキャラに似ているらしい。
その後、小学生になって読んでみたら、ちょっと似ていたが……。
だから、蝙蝠、というあだ名らしい。
まあ、別にいいけどな……。
何となく生きている中での、色彩を帯びた生き物は不思議な魅力をまき散らしている。
だからなのか、本人は気づかぬうちに、モテていた。
あいつ、可愛いよな。
不良の、あまり好きでない男が言っていた言葉を思い出す。
奴も好きだったらしい。
だが、高校で別れて、そのままだ。
自分は、涼子とは高校も一緒だった。
可愛いな……。
クラスも一緒だから、何となく授業を受けている姿も、盗み見している。
「蝙蝠―」
「うん?」
あ、話しかけられた。
この蝙蝠というあだ名は、最近は皆にも呼ばれ始めた。
「蝙蝠ってさ」
「うん」
「やっぱり何でもない」
何か考えているのか、眉を寄せている。
涼子の癖だ。
「何だよ」
「最近なあ、うちのお父さんが、アイドルを追っかけているんだよ」
「そうか」
「楽しそうだからさ、こっちも楽しくなるよ」
「いいことじゃないか」
涼子の話には脈絡というものがあまりない。
まあ、それはそれでいいけど……。
「あ、そうだ」
「ん?」
「実は今度東京に行くねん」
たまに出る似非関西弁……。
東北、福島なのに。
「何で?」
「好きな作家さんのサイン本が貰えるらしいよ」
「ふうん」
「一緒、行こ」
「まあ、ああ……」
涼子からの誘い……。
行くしかないだろうよ……。
「おい、蝙蝠」
友人の加藤哲司が俺に話しかけた。
「何だよ」
「おめえ、涼子ちゃんと仲良いよな」
「……」
「付き合っているのか?」
「幼馴染だよ……。別に付き合ってない」
「嘘だ‼ 今度東京に行くんだろ⁉ 男女の仲だろ⁉」
こいつは、涼子に独眼鉄と呼ばれている。
テッちゃんとも。
「別に、構わないだろ?」
「いいなあ‼ 蝙蝠はモテて‼ 俺も一緒に行っていい?」
「ダメだ」
「なんでえ⁉ 友達だろ⁉」
おめえに邪魔されたくねえよ……。
俺はその言葉を飲み込んだ。