今野ちゃんと高梨さん
教室に戻ると、そう書かれた手紙を机の上に発見してしまった。筆で書かれた文字はやたら達筆で、思わずポカンとしてしまう。
「え、えと……『放課後、屋上で待つ……高梨沙紀』」
た、高梨さん?
「ーーよし、見たな。今野舞子」
唖然と立ち尽くす私の後ろから、聞きおぼえがある声がした。
振り返るとそこには、険しい表情でこちらを見据える高梨さんが立っていて。
「放課後、必ず来るように。待っているからな」
そう言い残すとさっさと、自分の席へ戻って行ってしまった。
唖然とその後ろ姿を見つめながら、私は思った。
「……口で伝えに来るなら、わざわざ手紙書く必要なかったんじゃ」
高梨さん……やっぱり不思議な人だ。
「よし、ちゃんと逃げずに来たな。偉いぞ」
……そりゃあ、終業の挨拶終わるなり、ずっとそばで見つめられれば、逃げるわけにも、ね?
「でも、あまり長い時間じゃないとありがたいな。部活と予備校があるし」
「む……それは、悪いことをしたな。受験生の放課後の時間は貴重だからな。できるかぎり、手短で済ませよう」
だめもとで言ってみたら、あっさりそう返された。
……やっぱり、高梨さんって悪い人じゃないんだよな。
そんな高梨さんが、私を呼び出すとしたら……やっぱり瀬戸内君のこと、だろう。
私は唇を噛みながら、高梨さんを見据えた。
改めて目の前にした高梨さんは、表情はきついけどとても美人で、スタイルがいい。
長い黒髪が綺麗で、身長だってすっと高くて、ちびでちんちくりんな私とは、大違いだ。
……きっと、瀬戸内君と並んだら、すごくお似合いなんだろう。
だけど、私はちんちくりんでも、不釣り合いでも、瀬戸内君が、好きだ。そして、そんな私を瀬戸内も、好きだって言ってくれたんだ。
昼休み、智ちゃんと和美ちゃんに言われた時は戸惑ったけど、高梨さんから……いや、今後誰かから瀬戸内君との関係を聞かれたら、堂々と付き合ってると言うことに決めた。
宣戦布告されたら、されたで、受けて立とう。
だって、私、瀬戸内君のこと、好きだもん。
好きな気持ちだけは、他の誰にも負けないもん。
「単刀直入に聞くぞ。……今野舞子、お前は」
……来た! 言うぞ。瀬戸内君と付き合ってるってはっきり!
「悟と……大林悟と、付き合って、いるのか!?」
「付き合ってます! ……って、へ?」
……大林君? え、瀬戸内君じゃなく?
予想外の言葉に呆気に取られて、言葉を訂正できないでいる間に、高梨さんはその場に崩れ落ちた。
「……や、やっぱりか……こないだ呼び出されていたし、最近、ちょくちょくアイコンタクト取ってるものな」
「え、ちょ、待って、高梨さん」
「身長的にも、似合いだしな……私みたいに悟よりでかい、かわいげない女より、よほど……だけど、私だって好きででかくなったわけじゃないんだぞ……悟より1㎝で良いから身長が低かったらよかったのに……」
「おーい。高梨さん。……誤解、誤解です」
完全に一人の世界に入ってしまった高梨さんは、涙目で私を睨みつけた。
「……だが、しかし! いくら、今野、お前のが悟に似合いだろうが、付き合っていようが、私は諦めんぞ! だって私の方が、絶対悟のことを愛してるからな!」
「ーー私が付き合ってるのは、瀬戸内君です。大林君じゃ、ありません」
その瞬間、高梨さんの顔が固まった。
「瀬戸内って……いつも、悟の隣にいるデカブツ眼鏡のことか?」
で、デカブツ!?
「……身長が高くて、眼鏡の瀬戸内和明君です。大林君と、仲がいい」
こほんと咳払いしながら、高梨さんの言葉を訂正すると、心底不思議そうに首をかしげられた。
「……なんで、悟じゃなくて、あんなのが良いんだ、お前」
ひ、ひどい!
「瀬戸内君は、可愛いもん!」
「身長と、見た目だけなら、悟のがずっと可愛いだろう」
「と、時々かっこいいし」
「かっこいいと言えば、それこそ悟だろう! 外見がいくら愛らしくても、常ににじみ出ている、あの男らしさをみろ! イケメン以外の何ものでもないだろうが!」
……高梨さんと、男の子の趣味が合わないことは、よくわかりました。そして高梨さん、こんなに激しいキャラだったのか。……一年以上同じクラスだったのに、わからないもんだなあ。
と言うか、高梨さんって。
「高梨さんって、大林君のことが大好きなんだね」
その瞬間、拳を握っていかに大林君がかっこいいか熱弁していた高梨さんの顔が、かあっと赤くなった。
あ、かわいい。
「……悪いか」
「ううん。だけどなんか意外だなあ、って思って。あんまり接点なさそうだから」
大林君はクラスのみんなと仲が良くて、女子にも気軽に話しかけてくれるタイプだけど、やっぱりそれでも男の子同士で固まっていることの方が多いし、高梨さんは反対に男女どちらともつるまず、一人でいることの方が多い。
だからちょっと、びっくりした。
「……悟とは、小学校が同じだったんだ」
高梨さんは、何だか淋しそうに目を伏せながら、ぽつりぽつりと大林君のことを話してくれた。
「お前もわかると思うが、私は人と接することが、得意ではない。表情筋が固いのか、普通にしていても、なぜかいつも怒っていると勘違いされる。だから小学校の頃には、すでに一人でいることの方が多かった。……そんな中、悟だけが積極的に私に話しかけてくれたんだ」




