今野ちゃんと告白
瀬戸内君の顔が、かあ、っと赤くなった。
「……ごめん。今野。本当……」
そして次の瞬間、瀬戸内君はぼろぼろと涙を流しながら、また私に謝りだしたのだった。
……ど、どうしてそうなるの? 瀬戸内君。
「ごめん、今野……好きで……ごめん……」
だけど、現金なもので。
眼鏡を外して袖で涙をぬぐいながら、好きだと言ってくれた瀬戸内君の姿に、思わずキュンとなった。
……よかった……昨日の、あれ、本当だったんだ。
思わず口元が緩んだ。なんだか胸の奥がポカポカする。
「何で謝るの? 瀬戸内君」
泣いてる瀬戸内君の顔を、下からのぞきこむ。
謝らないで、瀬戸内君。お願いだから、泣かないで。
そんな風に泣いて、昨日のあれを後悔されたら、やだよ。
「私、嬉しかったのに」
「え……」
「言ったでしょう? ご馳走様って」
固まる瀬戸内君に、精一杯背伸びをして顔を近づけようとしたけど………40㎝の差は、ちょっと背伸びしたくらいじゃ、埋まらなかった。
自分のチビさが、憎い。
「……瀬戸内君、ちょっと屈んでくれるかな?」
「………ア、ハイ」
なぜか敬語になりながら、屈んでくれた瀬戸内君の顔の位置はそれでもまだ高くて、てやっと思い切り背伸びをして、泣いてるその目尻に一瞬口づけることに成功した。
……無理やりキスするのが、犯罪なら、私も犯罪者だ。これでおあいこ、かな?
「……可愛くて、時々格好いい瀬戸内君が、私は大好きです。だから、私と付き合って下さい」
ーー言っちゃった。とうとう直接、瀬戸内君に言っちゃった。
顔が、熱くて、心臓がうるさくて。
瀬戸内君の顔が、まともに見られない。
「……わっ」
そして次の瞬間、私は瀬戸内君に抱きしめられていた。
「俺も……俺も、今野が大しゅきですっ!!」
……あ、噛んだ。
「っ……………」
そして、あからさまに噛んだことに落ち込んでる。
ああ、なんかすごく、瀬戸内君らしいなあ。
「……ふふふっ、やっぱり、瀬戸内君は可愛いなぁ」
こんな可愛い人が、私のことを好きになってくれたなんて……こんな幸せあって良いのかな。……夢じゃないよね。本物だよね。
確かめるように、瀬戸内君の体を抱きしめ返す。
「私、瀬戸内君のそう言う所、本当大好き」
ーーこうして、私と瀬戸内君はお付き合いすることになったわけだけど。
彼氏彼女になったからといって、生活は大きく変わることはなかった。
私も瀬戸内君も、それぞれ部活と受験勉強に忙しくて、デートなんてとてもできる余裕はなかったし。
お互い、誰かとお付き合いしたこと自体初めてで、付き合うってこと自体、どうすれば良いのかわかってなかった。
……でも、例えば。
例えば、教室で目があった時に、こっそり手を振ってみたり。
(瀬戸内君はすぐに真っ赤になってうつむきながらも、小さく手を振り返してくれる。そして大抵隣にいる大林君に気づかれて、にやにや笑われている)
例えば、一日30分と決めたスマホのやり取りで、お互いのことを聞きあったり。
(瀬戸内君は猫派で、犬派の私とは反対だねーと返したら、『だけど猫より、ずっと今野が好きだ!』と返された。……瀬戸内君の中で、私は小動物と同じ括りに入れられている気がする)
例えば
「……おはよう。瀬戸内君」
「お、おはよう。今野」
「昨日は部活どうだった?」
「あ、えと……部内の練習試合で、5本シュート決めた」
「すごい。さすが瀬戸内君。シュート練習頑張ってるって言ってたもんね」
「あ、ありがとう………今野は、コンクールの絵、どうなんだ?」
「もうすぐ完成しそう。……受賞すると良いなあ」
「き、きっと受賞する! 今野の絵なら、絶対!」
「……瀬戸内君、私が描いてる絵、見たことないよね。なんで、そう言い切れるのかな?」
「う………ない、けれど……」
「でも、ありがとう。……完成したら、写真画像で送るから、見て欲しいな」
「……あ、ああ! もちろん」
毎朝、30分早く学校に来て、他のみんなが登校してくるまでの間二人きりでおしゃべりをしたり。
そんなたわいがないことが、ただひたすら、嬉しい。
……こんな日が、ずっと続けば良いのになあ。
「ーーねえ、舞子知ってる? 最近、瀬戸内、人気急上昇してるらしいよ」
昼休み。いつも一緒にお弁当を食べてる智ちゃんから告げられた言葉に、食べかけのタコさんウインナーが箸から落ちた。
「ああ! タコさんが!………よかったー。お弁当のふたの上だ」
机に落ちても、3秒ルール適用させちゃうけど、床に落ちたら事件だ。水道で洗って食べるか、諦めるか葛藤しないといけない。
「……ああ、知ってる。知ってる。最近残念なやらかし減ってきたもんねー。そりゃ、モテるわ。私が狙いたいくらいだもん」
「……え? 和美、ちゃん?」
「残念王子から残念引いたら、王子しか残らないもんねー。顔が良くて、成績優秀。おまけに高身長でサッカー部のエース。……私、告白しちゃおっかなー。ねえ、舞子どう思う? 瀬戸内君オッケーしてくれるかな?」
「……智ちゃんまで!」
……ど、どうしよう!
一年生の頃からの親友二人が、瀬戸内君のことを好きになっちゃった……!
さあっと顔から血の気が引いていくのが、わかった。
私は今、恋と友情どちらを取るかという、床に落ちたタコさんウインナーの未来なんかよりずっと深刻な選択を突きつけられている……!