今野ちゃんと大林君
「……はあっ!?」
「あ、で、でも、わざとじゃないんだよ! ちょっと瀬戸内君、寝ぼけてたみたいで! だから……その……えと……」
……瀬戸内君を責めないで欲しいっていうのも変な話だな。
うーん……なんて言えばよいんだろ。
私が続ける言葉に迷っている間に、大林君はがくりとその場に崩れ落ちた。
「……終わった……エースが、同学年の女子生徒に対して性的暴行事件を起こすとか、うちのサッカー部はもう終わりだ………」
……え?
「いや……だからね。大林君。瀬戸内君はわざとじゃなくてね……」
それに、性的暴行って………。
「……わざとだろうが、なかろうが、やらかした事実には変わりねぇだろ………ああ、終わった。冬の国体は無理だったけど、最後のインターハイはもしかしたら県予選突破できるかと思ってたのに……変態の暴行魔でも、瀬戸内はうちの攻撃の要だからな。それなのに、あの馬鹿野郎……っ!……いや、そもそもあいつを、今野と二人きりにさせた俺が、一番馬鹿だったのか……」
……な、なんか想像していたよりも、大ごとに思われてる?
うちひしがれる大林君に、慌ててフォローを入れる。
「お、落ち着いて、大林君。私、騒ぎにする気なんてないから」
「……いや、お前は騒ぎにするべきだ。俺らに、変な遠慮なんかして、やられたことをなかったことにすんな。好きでもねぇ野郎に、無理やりキスされるなんて、誰だって嫌に決まってる。お前が先生に言いづらいなら、何なら俺が……」
「……好きだよっ!」
このままじゃ、瀬戸内君が犯罪者にされてしまう。
そう思ったら、ずっと胸に秘めていた想いが、自然と口から溢れてきた。
「瀬戸内君のこと、好きだよっ! ……初めて、見た時から、ずっと。だから、何も問題ないよ」
言ってしまってから、顔がかあっと熱くなった。
瀬戸内君への気持ちを、こうしてはっきり口にしたのは、初めてで。
言葉にしたことで、改めて自分自身の気持ちに気づかされる。
ちょっとおドジなところがあっても、基本的に瀬戸内君は完璧な人で。
絵を描く以外は特別取り柄もない、チビでちんちくりんな私からは、遠い存在で。
「可愛いなあ」って口に出すことが、せいいっぱいだったけど。
だけど本当はずっと、瀬戸内君の、こと。
初めて目があったあの瞬間から、ずっとーー。
「………それ、本当か? 今野」
こみあげてくる感情で言葉が詰まって、大林君の言葉に、私はただ黙ってうなずくことしかできなかった。
途端に蒼白だった大林君の顔が、ぱあっと明るく輝きだした。
「そうか! なら、結果オーライだな! よかった。……そういうことなら、後は俺に任せとけ」
「………え?」
「放課後、また少し時間もらえるか? この空き教室で待ち合わせしようぜ」
「あ、うん。大丈夫だけど………なんで?」
「決まってんだろ」
大林君は不敵な笑みを浮かべながら、ぱきりと指の節を鳴らした。
「あのヘタレ眼鏡、捕獲してやるよ」
「……っ、頼むから離せ、大林……! まだ、俺は今野と向き合う心の準備が……」
「うっせえ、暴行魔。お前に拒否権あるわけねぇだろ。警察に突き出さないだけ、感謝しろよ」
「今野から蔑みの目向けられるくらいなら、警察に突き出された方が、ましだ……!」
「なら最初から、蔑まれるような真似してるんじゃねぇよ。いい加減、腹くくれ。男らしくねぇぞ」
……す、すごい。大林君。
180近くある瀬戸内君を、引きずって来るなんて。
身長差20㎝くらいあるのに………大林君、ああ見えて力強いんだ。
もしかしたら昨日も、引きずった状態だったら、大林君一人で失神した瀬戸内君運べたかもしれないな。
「……それじゃあ。今野。約束通り、瀬戸内連れて来たからな」
「あ、ありがとう。大林君」
「……………」
「じゃ、俺は扉のすぐ外にいるから、この暴行魔に襲われそうになったら、声出せよ。すぐ駆けつけるから」
「……お、俺が、今野を襲ったりするわけないだろっ!」
「黙れ。強制わいせつ罪の前科持ちが。……じゃあ、話が終わったら、言えよー。今野がいいって言うまで、瀬戸内はこの部屋から出さねぇから」
それだけ言い残すと、大林君はひらひらと手を振って教室を出て行ってしまった。
教室に、私と瀬戸内が、二人だけで残される。
……ええと。なんて、話を切り出そうかな。
いざ瀬戸内君を前にすると、なんて言えば良いのかわからなくて、しばらく二人で黙ったまま向かいあっていた。
先に動いたのは、瀬戸内君の方だった。
「……っごめん!! 今野。謝っても、許されることではないけど、本当ごめん!!」
そう言って、瀬戸内君はその場で深々と土下座をはじめた。
……え、ちょっと、瀬戸内君!?
「そ、そんな土下座なんてしなくていいよ。瀬戸内君」
「でも……」
「ほら、立って立って」
あわてて腕をとって、瀬戸内君を立たせる。
私は別に、そんな風に瀬戸内君に謝ってもらいたかったわけじゃない。
「気にしないで。瀬戸内君。私、全然気にしてないから」
「今野……」
ただ、私は瀬戸内君から、ちゃんと聞きたいだけなんだ。
「それより、瀬戸内君……あの時、言ったことって、本当?」
ーー瀬戸内君の気持ちが、本当に私と同じなのかどうか。