瀬戸内君は可愛い人
なぜ、私が推薦で合格することができたのか、実際のところよくわからない。
ライバルには、私なんかよりずっとたくさん絵の賞を取っている人達もいたし、小論文だって、自分がずば抜けて優秀なものが書けたようにも思えない。
面接にいたっては、一応ちゃんと受け答えはしてたはずだけど、緊張のあまり記憶自体が怪しかったりする。
私と、自己推薦で落ちたライバルは、一体どこが違っていたのだろう。
……ただ、入学後、推薦の選考に関わっていた教授と研究室でたまたま二人きりになる機会があって、その時に言われたことがある。
『ーー君のポートフォリオにあった花火の絵……すごく、素敵だったよ』
ぽつりと一人言のようにそう言って、教授はすぐに本題に戻ってしまったけど、その時の言葉は、お守りのように今でも私の胸の中に残っている。
「……あ、そうだ。美波ちゃん、ごめん。私、今日の午後の集中講義お休みするから、明日ノート見せてもらってもいい?」
「良いけど……なんなら、学生カード貸してくれたら、代返もしてあげるわよ?」
最近の大学の講義はハイテクで、名前を呼ばなくても機械に学生カードを通せば出席がとれるようになってる。
だからこそ、座学で受講生が多い講義なんかは、友達に代わりにカードを通してもらう人もいるみたいだけど……私は、そう言うのなんか苦手なんだよな。ハラハラしちゃって。
「ありがとう。でも見つかって、美波ちゃんまで迷惑かけたら申し訳ないから、大丈夫。午後の講義は、最後のテストでちゃんと点数取れたら、一回くらいの欠席は許してくれる教授のだし」
「舞子って変なところ、律儀で真面目よね。まずバレないって。……まあ、そういうとこ、私は結構好きだけど。でも、舞子が授業休むのって珍しいわね。急な日中バイトでも入った?」
「ううん……高校時代仲良かった人が、長期休み利用してこっちに戻ってくるから、これから空港まで迎えに行くんだ」
思わずにへらっとしてしまった私を見て、美波ちゃんは片眉を上げた。
「仲良かった人って……もしかして、彼氏だったり?」
「えっ!? なんでわかったの!?」
「えっ!? 適当にカマかけただけなのに、マジで!? ……うわー、舞子は絶対恋愛ごととか疎そうと思ってたのに、何かショックだわー。私なんか彼氏いない歴19年だっつーのに」
「えへへ……ごめんね」
「裏切り者め……やっぱりムカついたから、さっきノート見せるって言ったのなしね。リア充に見せるノートなぞない」
「え、嘘!? それは困る!」
「うん、嘘。……ムカつくのは、本当だけどね。カフェラテ一杯で手を打ってあげるから、せいぜいリア充満喫しなさい。けっ」
「……よかったあ。ありがとう! カフェラテと、新発売のチョコレートもつけるね。こないだ、美波ちゃんが食べたがってた奴」
「……そういうとこ憎めないから、ずるいのよね。舞子って」
8月には、瀬戸内君が通っているクォーター制の外国の大学でも、夏休みが始まる。
つまり四カ月ぶりに、瀬戸内君と会えるのだ……!
「ーーふ、服装変じゃないよね。……ちょっとだけ、化粧もしてみたけど、瀬戸内君似合うって言ってくれるかな」
電車を乗り継いでやって来た、地元の空港の国際線待合場で、そわそわと瀬戸内君の乗っている飛行機の到着を待つ。
さっきから、何度も時計を確認しているけど、何だかいつもより、時計の周りが遅い気がする。
……時計壊れてないよね、これ。
「……早く、瀬戸内君に会いたいな」
瀬戸内君が外国に行ってから、毎日欠かさずにメールはしてたけど、それでも直接会って話したいことはたくさんある。
瀬戸内君の顔がみたいし、できることなら、その……体温も感じさせて欲しい。て、ちょっと恥ずかしいこと思ってるかな。私。……でも、手くらいなら、空港でもさ。
……外国留学してる瀬戸内君なら、ほっぺにキスくらいならただの挨拶……な、わけにはいかないよね。ここは日本だし。うん、わかってる。大丈夫。私も公共の場に相応しくない行動は、ちゃんと理解してます。
「……あ、到着したって掲示板表記出た。あとは入国審査? とかして、荷物受け取ったら、こっち来てくれるんだよね」
ちゃんと瀬戸内君の飛行機が無事に到着したことにホッとしたのと同時に、心臓がますますどきどきしてきた。
あとちょっと、あとちょっとで、瀬戸内君に会える。
「人が出て来た……!」
到着口から、たくさんの荷物を抱えた人が続々と出てきた。
私はどきどきしながら、こちらに向かってくる人波の中から瀬戸内君を探す。
「………っ」
そして、スーツケースを引く瀬戸内君と、目があった。
瀬戸内君は目があった途端、遠目でも分かるくらいにぱあっと顔を輝かせてから、何故か慌てて視線を逸らして、クールな感じで眼鏡をくいって押し上げた。
あれ、なんかデジャブ。
そう思った瞬間、派手な音がフロアに響いた。
「ーー瀬戸内君!? 大丈夫!?」
何もないはずのフロアで、足を滑らせて派手に尻餅をついた瀬戸内君に、慌ててかけ寄る。
瀬戸内君は、何が起こったのか分からない様子でポカンと口を開けていたが、すぐに顔を耳まで真っ赤に染めた。
「ち、違っ!……その、今のは違……」
「……落ち着いて、瀬戸内君。何も違ってないよ」
「違うんだ……! 俺、四カ月ぶりに今野と会うから、成長して大人の男らしくなったところ、見せたかったのに……! ひ、久しぶりに今野の顔見たら、気が抜けて……」
半泣きになりながら、しどろもどろの言い訳をする瀬戸内君に、思わず噴き出した。
「……やっぱり、瀬戸内君は可愛いなあ」
どれほど時間が経とうが、違う国に行こうが、その事実は、きっと、これからもずっと変わらないんだろう。
私は、未だ床にお尻をつけたままの瀬戸内君に、手を差し述べて笑いかけた。
「おかえりなさい。瀬戸内君。……会いたかったよ」
瀬戸内君は、可愛い人。
可愛い、私の好きな人。
ーーこれからもずっと、大好きな人。




