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瀬戸内君は可愛い人【連載版】  作者: 空飛ぶひよこ


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今野ちゃんと部活動

「でも、舞子先輩は毎日来てくれるじゃないっすかー」


「私は美大志望だから、部活も受験勉強みたいなものだもん」


「だけど部活の後には、美大用予備校にも通ってるんでしょ?」


「まあね。でも、授業料とか考えても、ぎりぎりまではあまりコマ増やしたくないんだ」


 うちは別に貧乏ってわけじゃないけど、中学生の弟もいるし、学費のことであまり両親に負担をかけるわけにはいかない。

 私立の美大に進学して、しかも一人暮らしなんかしたら、恐ろしい金額になる。奨学金という手も考えたけれど、卒業後奨学金が返済できないで苦しんでいる社会人の話をニュースで見た両親が難色を示した。

 今後のことを色々両親と話しあった結果、今年は実家から通える距離の国公立の美大、一本に絞ることになった。

 そのために二年の三学期から予備校に通わせてもらっているけど、受験まで時間がある今のうちは、自学ができる部活の時間も大事にしたい。その方が経済的にも優しいし、それに、この美術部にいられる期間も残り短いから。


「あ、でもじゃあ、舞子先輩、他の先輩引退した後も美術部来てくれるってことっすね。やったあー」


「いや、9月過ぎたらさすがに部活には来ないよ。予備校のコマ増やして、センター試験の勉強もしなきゃだし」


「えー、なんでっすか。美大なんでしょ? センターとか関係ないんじゃないすか?」


「自己推薦はセンター関係ないけど、一般は実技ぷらすセンターの点数なんだもん。……私成績そこそこだから、頑張らないと」


 私も昔は美大の試験って実技一本だけだと思ってたけどね。実技だけだったらどんなによかったか………いや、私そこまで美術分野に突出した才能あるわけじゃないし、逆に困るか。

 センター点数は努力でなんとかなるし、実技の技術も練習しだいだけど、+αの部分はどうにもならないもんなあ。


「えーやだやだやだー。小動物みたいにちみっこい舞子先輩が、でっかいキャンパスの前でさこさこ作業してる姿を見るのが、私の放課後の癒しなのにー」


「……琴音ちゃん。なんかそれ、先輩として馬鹿にされてる気がするぞ? 気のせいかな?」


「やだなあ。舞子先輩のこと大好きって言ってるんすよー。引退しても、いつでも気軽に遊び来てくださいね」


 ずるいなあ。そんな風に笑顔で言われたら許すしかないじゃないか。

 ちょっと先輩に対する態度はあれだけど、何だかんだで琴音ちゃんは、一番仲良しの可愛い後輩だ。引退して琴音ちゃんの顔が見られなくなったら、さみしくなるんだろうな。


「じゃ、おしゃべりはこれくらいにして。コンクールの絵を描こうかな」


「お、例のサロメっすね。こないだみたいに、モデルやりましょうか?」


「ありがとう。でも今日はメディチくん描くからいいや。昨日予備校の先生に石膏デッサンのポイント聞いたから」


「……舞子先輩って、おっとりしてるのに、そのあたり要領よいっすよね。題材も敢えて美術室にあるものだし」


「ふふふ。それは褒め言葉として受け取ってくね」


 琴音ちゃんに軽く返しながら、イーゼルにコンクール用のイラストボードを置く。

 イラストボートには、美術室でメディチの頭部石膏像に口づける真似をする制服姿の少女と、ガラスにうっすら反射したその服装が、踊り子のものに変わっている様子が、薄い鉛筆の線で描かれている。

 題して「サロメの接吻」

 サロメは聖書の一節に出てくる、踊りの報酬に聖ヨハネの首を望んだ少女の名前だ。聖書の中では本当少ししか出て来ないのだけど、あまりにも衝撃的な場面なので、たくさんの芸術作品の題材にされている。

 オスカーワイルドの戯曲「サロメ」では、聖ヨハネ……ヨカナーンを愛したサロメが、踊りの報酬で彼を殺させてから、その生首に口づけている。

 その倒錯的な場面を、敢えて現代風に「サロメごっこ」として描いているわけだけど……果たして、周りの評価はどうかなー。

 自分としては幻想的ながら、サロメの血生臭さがない爽やかな構図に仕上がってると思ってるんだけど。発想が安直と言えば安直かもしれない。

 デザイン科志望だから、画力だけじゃなくて構成も評価して欲しいんだけど、審査員の先生の基準ばかりはよくわからない。……あと、審査員の先生が高評価でも、推薦の選考する人は違うかもしれないし。芸術って難しい。


 薄く描いた下書きを、後が残らないように消しゴムで丁寧に消して、修正していく。

 えーと……確か、この唇の陰影の描き方が………くちびる。



『……好きだ、今野……初めて、見た瞬間から、ずっと好きだった……』


「………っ」


 不意にあの時耳元でささやかれた声が、

 土の味が

 唇に触れた、柔らかい感触が


 鮮明に蘇ってきて、再び顔がかっと熱くなるのがわかった。

 

 ……お、落ち着け! 私。今は絵に集中しないと。


 そう思うのに、一度蘇った熱はなかなかひいてくれず、それどころか自分で描いた絵すらまともに見れない。

 昨日までは、いや、ほんの一時間前までは、キスなんて完全に絵空事の行為だった。

 いつか……今は想像もつかないけど、大学進学したあととかに何かの拍子で彼氏ができて、付き合って、そうなって初めて体験する遠い行為だと思ってた。

 だからこそ、こんな風に気軽に作品のモチーフにもできたのに。


 私、キス、しちゃった。


 瀬戸内君と、キス、しちゃったんだ……!

 

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