瀬戸内君が殺したもの
「そっか……じゃあ、高梨さんと同じだね。経済学部って言ってたけど」
「………それは、正直何とも言い難い情報だな。お互い、わりとどうでも良いから」
「でも、大林君は瀬戸内君が同じ構内にいるってだけで、ちょっと安心なんじゃないかな。高梨さんが元気にしてるか、報告できるし」
「まあ、それもそうか。……大林に貸し一つだな。まあ、その前にお互い受かれば、の話だけど」
……違う。
こんな話をしたいんじゃない。
「でも、瀬戸内君少しもったいない気もするな……瀬戸内君の学力なら、もっと上狙える気もするし」
「いや、そんなことないぞ。地元だから、わりと軽く見られがちだけど、あそこの大学はそこそこ偏差値高いし、就職率も良いんだ……って言っても、まあ地元に就職する前提だけどな」
話したいことは、全く別なことなのに、それを口にすることが、できない。
口にしたら……壊れてしまうとわかってるから。
この幸せな時間が、終わってしまうって、知ってるから。
「でも嬉しいな……瀬戸内君が、地元の大学に進学してくれたら、これからも一緒にいられるね」
目をつぶれば、舞い散る桜の幻想が見える気がした。
空に咲く、大輪の花火が。
眩しいほど明るい、まん丸な月が。
雪の中、きらきらと輝くクリスマスツリーが。
瞼の裏に、映し出されては、消えていく。
泣きたいくらいに、幸せな未来を、捨てる勇気がどうしても、出てこない。
「ーー……ねえ、瀬戸内君。もしもの話、だよ」
だから、瀬戸内君。
「もしも、私がイラストの勉強の為に外国に行きたいって言い出したら、どうする?」
どうか、私の背中を押して下さい。
「……っ」
瀬戸内君は、大きく目を見開いた後、泣きそうに顔を歪めた。
「……外国に、行きたいのか。今野」
「ううん。……あくまで、もしもの話。もし、私が地元の美大にちゃんと合格して、勉強を頑張ったうえで、そんなことを言い出したら、瀬戸内君ならどうするかなって思って」
そう、私にとっては、もしもの話だ。
色んな選択の末に、あり得るかもしれない遠い未来の話。
……だけど、それは誰かにとっては、もしもではない話。
瀬戸内君は俯いて少し考えてから、口を開いた。
「ーー今野が、外国に行ってしまったら、俺はすごく淋しいし、本音を言えば嫌だよ」
「……うん」
「だけど……きっと俺は最終的には、今野を止めないんだと思う。だって俺は、夢を追う今野が、好きだから。俺の為に、今野に夢を諦めて欲しくない」
ーーああ、やっぱり。
瀬戸内君ならきっと、そう言うと思ってたよ。
悲しいくらい、優しい人だから。
きっと、辛くても、私の夢を応援してくれると思ってた。
自然と口元が緩むのが、わかった。
「今野?」
笑う私の頬を、瀬戸内君が戸惑いながら触れる。
「ーーどうして、今お前は泣いているんだ?」
……それはね、瀬戸内君。
瀬戸内君が、大好きだから、だよ。
瀬戸内君が改めて大好きだと思ったから、私は泣いているんだよ。
「もしかして、今野は本当に……」
「ーーごめんね。瀬戸内君。私、本当は、知ってたよ」
「……え」
「瀬戸内君のこと、ずっと見てたから、知ってたよ……知ってて、私は自分勝手だから、見ないふりをしようと、してた」
膝を抱えて、自分のスカートに顔を埋める。
瀬戸内君が、私の告白を、どんな顔で聞いているのか、見れなかった。
流れる涙で、スカートが湿って膝が冷たかった。
「自分は、何一つ捨てられないのに、瀬戸内君には殺させたんだ………ごめんね。瀬戸内君。ごめん」
「……今野。一体何の話を……」
ごめんなさい。ごめんなさい。
瀬戸内君は辛くても、私の夢を応援してくれると言ってくれたのに。
「ーー瀬戸内君、本当は外国の大学に進学したいって思ってたんでしょう? それが、瀬戸内君の夢だったんでしょう?」
瀬戸内君にーー夢を殺させたのは、私でした。
 




