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今野ちゃんの決断

 大林君が、本当に、高梨さんの為にこの高校を進学したのかは、わからないよ、とか。

 もし、高梨さんの為の部分があったとしても、選んだのは大林君だから高梨さんが責任感じることじゃないよ、とか。

 浮かんで来た言葉は色々あったけど、口には出せなかった。

 大林君の真意は、きっと大林君しかわからないし、二人の関係に第三者の私が口を出して良いと思えなかったから。


「……その話は、大林君にはしてるの?」


「もちろん……私自身が決めたことなら、と悟は言ったよ」


「そっか……」


 二人が、別々の大学に行くことは、もう揺らがないのか。

 ……だったら、聞かないと。


「……離れることは、怖くはないの?」


 なぜ、そんな風に強くいられるのか。大林君の夢を、応援できるのか。……教えて欲しい。


「怖いさ。怖いに決まってる。……だけど、私は悟が私のせいで、夢に集中できないことの方が怖い」


「……………」


「私は、夢を追う悟が好きだから。……悟を悟でなくなることは嫌なんだ」


「……大林君が、大林君じゃ、なくなる……?」


「ああ。……悟が追っている夢も含めて、悟だと思っているから。全力で挑んで、夢叶わず散っていくならともかく、挑戦する前に諦めてしまうのは、私の知っている悟じゃない」


 ずきずきと胸の奥の痛みが、広がっていく。


「ーー何、たかが四年間だ。就職する時は、私は絶対悟の傍にいられる会社にする。これは既に悟からも、了承をもらってる。四年なんて別の学校にいた中学の三年間から、一年増えただけじゃないか。しかも、あの時と違って、今の私は悟の『特別』な立場をもらってる。それなのに耐えられないわけない」


 そう言って高梨さんは微笑んだ。

 少しだけ悲しそうなその笑みは、それでも今すぐキャンバスに描きつけたいくらい、綺麗だった。


「それに、新幹線で二時間で会いに行ける距離だからな。互いの暇を見つけて、会いに行くさ。……もし距離が離れて心も離れていくなら、きっとそれは距離が近くてもいずれ同じ道を辿る関係に過ぎなかったんだ。……だから、私は悟を信じるよ。信じて、離れることにしたんだ」


 ………正直言えば、意外だった。

 高梨さんはあからさまに、大林君が大好きだし、私と大林君が恋人同士に思われたくらいで泣いちゃうくらいだから、独占欲も強いのかと思ってた。

 ああ、でも……考えてみれば、そうだ。

 高梨さんは、大林君がサッカー部の友達といるところを、邪魔したことはなかった。

 文化祭だって、あくまでサッカー部員が許可したからああやって一日マネージャーをしてたけど、律儀に慣習を守って自分を無視し続ける大林君を非難はしなかった。

 いつだって、高梨さんは大林君に寄り添おうとしてたんだ。大林君の大切なものを、けして壊さないようにしながら。


「……独占欲が強いのは、私の方だな」

 

「今野? どうした、そんな顔をして……」


「ううん。ただ、高梨さんは格好良いなあって思っただけ……おかげで目が醒めたよ」


 ーー独占欲が強くて、身勝手なのは私だ。

 大切なものを、あれもこれも抱え込んで、何一つ捨てる勇気もないくせに、大切な人がそれを捨てるのは見ないふりをしていた。

 なんて、ひどい女なんだろう。


 ポケットからスマホを取り出して、瀬戸内君にメールを送る。


【大切な話があるから、今日の放課後、花火を見た鐘つき堂に来てもらっていい?】


 教室の端の席でスマホに視線を落としていた瀬戸内君は、ちょっと驚いた顔でこっちを見てから、親指と人差し指で丸を作って了承してくれた。


 目を背け続けたものと、向き合おう。

 ………それがきっと、私と瀬戸内君には必要なことだから。




「ーーお疲れ。今野。どうしたんだ。こんな所に呼びだして」


 お互い一度家に帰って荷物を置いてから、思い出の神社で落ち合った。

 神社の中は昼間でも、人気がなくて、二人きりで話すにはちょうど良かった。


「お疲れ様。瀬戸内君……とりあえず、石段座ろうか」


「あ……うん」


 万が一誰かが来ても大丈夫なように、鐘撞き堂の一番上の辺りに腰を降ろす。……ここなら、ただ神社にお参りに来た人には声ら聞こえないし、鐘撞き堂に上って来た人がいれば気配でわかるからちょうど良い。

 促されるままに隣に座った瀬戸内君に、私はそのままぴたりと寄りかかった。


「っこ、今野?」


 裏返った声を出した瀬戸内君を無視して、ただ瀬戸内君の体温とに集中した。

 間近で感じる瀬戸内君の匂いに、とくとくと脈打つ鼓動に、少し泣きそうになった。

 ……どうして、時間は止められないのかな。

 もういっそ、ずっとこのまま寄り添ってられれば良いのに。


「こ、今野? ど、どした? 何か嫌なことでもあったのか?」


「……ううん。嫌なことなんて、何もないよ」


 嫌なことなんて、何もない。……今がただ、幸せ過ぎるから、泣きたいんだよ。瀬戸内君。


「……ねえ、瀬戸内君。大学って、どこに進学しようと思ってるの?」


 ぴくりと瀬戸内君の体が、一瞬はねた。


「あ、ああ……ほら、さ。ここから通える範囲で、国立大学あるだろ? あそこの文学部なら、海外交流も活発だし良いかと思って。就職を考えると経済もありかと思ったけど、やっぱり俺は英語を生かした職に就きたいんだよな。その分、在学中に色々資格とか取っとこうかなって」


 ああ、やっぱり………瀬戸内君は「殺した」んだ。

 私が、瀬戸内君に殺させたんだ。


 

 

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