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瀬戸内君は可愛い人【連載版】  作者: 空飛ぶひよこ


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高梨さんの進学

「……この主人公の気持ちが理解できないな。私は、いつも思ってる通りのことしか、口にしないぞ」


 あまりにも高梨さんらしい言葉に、思わず笑いが漏れた。

 こういう真っ直ぐなところは、高梨さんの良いところだ。


「高梨さんはそうかもしれないけど……みんながみんな、高梨さんみたいに自分の気持ちを正直に言葉にできるわけじゃないんだよ。……いろんな事情があるから」


 たとえば、それは見栄とか取り繕いからとかだったり。

 たとえば、正直な気持ちを言うことが相応しい状況でなかったり。

 ……たとえば、自分自身に言い聞かせる為だったり。

 人が嘘をつくのは、必ずしも悪意からとは限らない。

 正直は美徳だけど、必ずしもそれがどんな状況でも賞賛されるわけじゃない。優しい嘘というのも、確かに存在しているから。


「やっぱり現国は難しいな……」


「とりあえず、先に問題を読んでから、本文中からキーワードを抜きだしていけば、センターの選択問題は大丈夫だと思うよ。えーと……Aは、この部分が本文中のここに対応してないから、バツでしょ? Bは、本文のここ。Dは、ここがここと矛盾するから、正解はCってこと」


「なるほど……そういうやり方なら、私でも解けそうだな。ありがとう、今野。助かった」


 試験問題とにらめっこをしながら、真剣な表情でメモをとる高梨さんの姿に、小さくため息が漏れた。傍らに置かれた高梨さんが持っている現国に参考書には、びっしりと付箋が貼ってある。


「受験勉強、頑張ってるね、高梨さん。……これも全部、大林君と同じ大学行くためかな?」


 高梨さん、本当に大林君のこと大好きだからなあ……いいなあ。一緒の大学。

 私の言葉に高梨さんはメモをとる手を止めて、顔を上げた。


「……今野。何か勘違いしているようだが、私は悟とは同じ大学を志望してないぞ」


「え……」


「私は地元の国立志望で、悟は東京の大学を志望してるから、お互いちゃんと受かればずいぶん離れることになるな」


「と、東京!?」


 ここから東京っていったら、新幹線でも二時間はかかる。

 そんな状況を高梨さんが平然と受け入れてる現実に、唖然としてしまった。


「えっ、高梨さん、それで平気なの!? 大林君と、遠距離になっちゃうよ」


「平気か平気じゃないかと言えば、まったく平気ではない……だがしかし、現状を鑑みるにそれが最善だから仕方ないんだ」


 そう言って、高梨さんは眉間に皺を寄せた。


「私には特別に大きな夢や、勉強したいことはない。その上で我が家の経済的状況や、現在の自分の学力を考えると、地元国立の経済学部を受験するのが一番だと判断した。……だが、悟は違う」


「…………」


「勝手に言いふらすのも悪いからはっきりとは言わないが、悟には明確な将来の展望と夢がある。それを叶えるには、東京のその大学に進学するのが有用だと言われたら、私はそれを受け入れるしかないんだ」


「……奨学金を受けて、自分も東京のどこかの大学に進学しようとは考えなかったの?」


「検討はした。だが、ただ悟の傍にいたいというだけで東京の大学に行くのは違うと思ったんだ。……きっとそれは、悟の夢を邪魔することになるから」


 高梨さんの言葉が、真っ直ぐに私の胸に突き刺さる。


「私は、悟の人生に寄り添いたいと思ってはいるが、悟の人生を邪魔したいわけではない。明確な夢や展望がない私が、東京に着いて行くことはきっと悟の足かせになるだろう」


「っそんなこと……」


「そんなことあるんだ。……実際、私は既に一度、悟の人生を、夢を、邪魔してるからな」


「え……」


 高梨さんが、大林君の夢を?

 高梨さんは周囲に大林君の姿がないことを確認してから、自嘲の笑みを浮かべて目を伏せた。


「……悟が、どれほどサッカーに情熱を注いでいるか、今野も知っているだろう?」


「それは……知っているけど……」


「そんな悟が、何故こんなサッカー弱小校に進学したのか疑問に思わないか? ……本人は大学進学を考えての選択だと言っているが、本当は人付き合いが苦手な私を、心配していたからという部分も少なからずあったはずだ」


「でも、高梨さんは以前、大林君の進路に合わせてここに決めたって……」


「その進路を決めた時点での話だ。……さすがに私も、男子高に着いて行くわけにはいかないからな」


 そうだ……最後の試合で瀬戸内君が負けた、サッカーの強豪校は男子高だ。

 あそこなら、学力的にもこことそこまで変わらない進学校だし、大林君も部員がサッカーに真剣でなってくれないことで、悔しい思いをすることもなかったんだろう。


「……まあ、実際入部するまで、あそこまでサッカー部員がやる気がないとは知らなかっただろうがな。それにサッカーの強豪校に進学したからといって、有意義な部活動ができていたとも限らない。………それでももし私がいなければ、悟があんな風に泣くことはなかったかもしれないんだ。そう思うと、正直胸が痛い。一方で、悟と同じ高校で三年間過ごせたことを喜んでいる自分もいて、そんな身勝手な自分がつくづく嫌になる」


「……………」


「私は悟から三年の時間をもらった……だからこそ、悟には大学では自分の夢に集中してほしい」


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