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今野ちゃんと苦い飴

「おーい。今野。ちょっと良いか?」


「……なんですか。神崎先生」


 放課後、担任である神崎先生に声をかけられ、眉間に皺が寄った。

 どうも、五月に頼まれごとをして以来、手伝いを頼みやすい生徒と認識されてしまったらしい。係でもないのにちょくちょく使われるから、私の中で神崎先生に突然声をかけられるイコールお手伝いの認識ができてしまっている。

 ……いつも、飴玉一つでお手伝いしてあげるほど、私は安い女じゃないんだからね!


「神崎先生。私も受験生で忙しいのです。飴玉は最低でも二つ、しかも違う味のものをくれるくらいじゃないと、お手伝いはできませんね」


「……今野のそう言うところが頼みやすいんだよな……って、違う違う。今日は手伝いを頼みたいんじゃなくて」


 ……なんですか。その小さい子でも見るかのような、生ぬるい目は。よいですけどね。別に。

 ……でも、手伝いじゃなければなんだろう。私なんか提出してなかった書類でもあったかな?


「今野は、瀬戸内と付き……仲が良いんだろ? あいつ、まだ校舎内に残ってるか、わかるか」


「………っ!?」


 思わず、噴き出しそうになった。

 ーーな、なんで、神崎先生にも、私と瀬戸内君のこと知られてるの!?

 そ、そんなに私たち、分かりやすかった?


「あ……その、瀬戸内君は、今日はサッカー部仲間と図書館で勉強するって言ってましたよ?」


 動揺を必死に押し隠して、瀬戸内君から事前に聞いていた予定を伝えると、神崎先生はため息を吐いた。


「……そうかー。たまたま時間が空いたから、前から頼まれてた進路相談に乗ってやろうかと思ってたんだが、また今度にすっかな」


「進路相談? 今頃ですか?」


「ああ。あいつ編入した時から既に進路決めてたはずなのに、今頃になって急に変えたいとか言い出して……おっと」


 神崎先生は慌てて自分の口元を押さえると、バツが悪そうに顔を歪めた。


「……今のは完全に、個人情報の流出だったな。教師としてあるまじき失態だ。……悪い。今野、今俺が言ったことは」


「安心して下さい。……誰にも言いませんから」


「ならよかった。……ほら、これは口止め料だ」


 そう言って神崎先生は、私の手のひらに違う味の飴玉を三つ置くと、足早に去って行ってしまった。

 私はしばらくその場に立ちずさみながら、手の中の飴玉を眺めた後、抹茶味のを選んで袋を開けて、口の中に放り込んだ。


「……うわっ。この抹茶味、苦い……あんまり美味しくない」


 美味しくないのに、吐き捨てる気にもなれなくて、苦みが口に広がるのを承知で舌の上で転がした。




 花火の時に最初に抱いた違和感は、少しずつ少しずつ根拠をまとって、実体化していく。

 だけど、私は浮かび上がってくるその事実から、必死に目をそらし続ける。

 見ないふりをし続ければ、きっとなかったことになる。

 最初からなかったことに、してくれる。

 春になったら、一緒に桜を。

 夏になったら、花火を。

 秋になったら、満月を。

 冬になったら、クリスマスツリーを。

 隣で一緒に見る幸せな未来が、やってくるはずだから。

 ……だから、きっと、これでいいんだ。

 これが、瀬戸内君の選んだ道なんだ。


 そんな、私にとってだけ優しい考えは、甘いと思っていた抹茶味の飴みたいに、確かな苦みを伴って私の胸に広がっていった。




「……今野。頼む。さっきのセンター対策模試でわからないところがあったから、教えてくれないか?」


「うん。もちろん。どの問題?」


 現国は私の得意科目だから、多分教えられるはず。

 私は前の現国の時間で使った問題用紙を広げて、高梨さんと向き直った。


「問二の、登場人物の心情を問う問題なんだが……何故Cが正解なんだ? この台詞に、ちゃんと主人公はこの女が嫌いだと書いてあるじゃないか」


「いや、でもその後すぐ、地の文で後悔してるでしょ? しかも【売り言葉に買い言葉とはいえ、なんて心にもないことを言ってしまったんだ】って、ここに書いてある。だからやっぱり主人公は、この女の子に恋心……までは文章に書いてないから言いきれないけど、好意を抱いてことは間違いないんだよ」


 現国で真意を解釈する問題が出た時は、あくまで私の経験的にはだけど、台詞より地の文に答えは書かれていることが多い気がする。

 原則的に、現国の選択問題というものは、「絶対的な間違いがある回答」をはずしていく作業だ。一つの物事に対する解釈が多様だからこそ、「少なくとも、この解釈は可能性として考えられる」という答えが一つだけ残る構造にしないといけない。

 それでも台詞は、前後の地の文次第では「嘘」にすることができる。口に出された言葉が、全て正しいとは限らないから。

 だけど地の文では、小説の登場人物は基本的に嘘をつけない。よほどひねくれた小説ならもしかしたら、地の文ですら嘘をつくかもしれないけど、多分そんな小説はセンターでは題材に選ばれないような気がする。

 だから、物事の真実は、登場人物の言葉よりも、言動や心情描写から見つけるべきなんだ。きっと。

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