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今野ちゃんの幸せ時間

 ……でも、夜だし暗いし、一瞬くらいなら………。

 いやいやいや、私、何を考えているんだ。ここは学校だぞ。しかも文化祭の片付けで、たくさん他のこも残っているのに。誰かに見られたら、あっという間に噂されちゃうぞ。

 …………でも……………。


「…………」


「…………」


「……あのですね。瀬戸内さん。ちょっと思ったんですが」


「……何でしょう。今野さん」


「キスは駄目でも……教室に戻るまでの間、ちょっとだけ手を繋ぐくらいは許されるんじゃないでしょうか。誰かが来たら、すぐ離せば」


「奇遇ですね、今野さん……俺も今、そう思ってたところです」


 二人で視線を合わせて、小さく笑った。

 ……別に、付き合ってることを秘密にしてるわけじゃないんだから、これくらいは、ね。

 だけどやっぱり少し照れくさくて、指先を少しだけ絡めるようにしか手を繋げなかった。

 それでも指先から伝わってくる瀬戸内君の体温に、胸の奥がじんわり温かくなってくる。

 指先で瀬戸内君の指先で遊ぶように軽く動かすと、瀬戸内君も同じように返してくれた。

 ゴミ置き場から、教室に戻るまで約3分。カップラーメンができるくらいの、幸せ時間。

 ……ほら。一緒に文化祭回れなくても、十分特別で、満たされてる。


「今野……今年のクリスマスはあんまり余裕はないだろうけど、来年は一緒にツリーを見に行こうな」


「まだ9月なのに、もう冬の話題? 瀬戸内君、気が早いよ」


「今野と一緒に、綺麗なものをたくさん見たいんだ」


 そう言って瀬戸内君は、空に浮かぶ月を見上げた。


「受験が終わって、落ち着いたら春が来る。そうなったら、二人で桜を見に行こう。それで、夏が来たらまた花火を見て、秋には満月を見るんだ。きっと今野と一緒だったら、同じものを見てもまた新しい感動があるはずだから。……きっと俺の世界は広がるはずだから」


 瀬戸内君の言葉に、目をつぶって二人で過ごす未来を想像してみる。

 桜の季節になったら、お団子とお茶を持って二人でお花見に出かけて。

 来年の夏は、また別の花火大会へ行ってみて。

 秋になったら、お月見団子を一緒に作って、ススキを飾って。

 クリスマスには、雪が舞い散る中、ちょっと大人なお店でディナーをして、プレゼント交換して。


「……それはきっと、すごく幸せなことだね」


 変わり行く季節の中で、変わらず瀬戸内君の隣にい続けられる未来は、きっとすごくすごく幸せなものだ。

 そんな未来を瀬戸内君が望んでくれたことが、私は嬉しい。




 ……それなのに、どうしてだろう。

 そんな未来を想像したら、何だか泣きそうになってしまったのは。

 隣にいるはずの瀬戸内君が、ひどく遠くにいるような気がしてしまったのは。


「……だけど、未来の話もいいけど、今は残された高校時代を一緒に楽しもう? これからの地獄の受験勉強もきっと過ぎてしまえば、青春の思い出……かもよ?」


 誤魔化すように口にした言葉は、震えていなかっただろうか。

 ちゃんと私はいつものように、笑えていたんだろうか。



 

 今回描いた花火の絵のように、幸せな時間そのものも、切り取って保存できれば良いのに。

 終わらない幸せな一時の中に、永遠に閉じ込められてしまいたいと思う。


「……もうすぐ教室に着くから、見慣れないように、手、離すな」


「……そうだね」


 だけど、今もこうして幸せな時間が終わってしまったように、時間はいつだって私の気持ちと関係なく、流れて行ってしまう。

 瀬戸内君の手が離れた瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。

 瀬戸内君の手の温度と一緒に、手の中から大事なものがこぼれ落ちたような気がした。







「ごめん……瀬戸内君、この英語の並び替え、教えてくれない?」


「ああ。……この場合は、形容詞を強調する倒置が使われているso that構文だから、動詞はここだな」


「あ、そうだった! ありがとう。……ちなみに形容動詞が強調される場合は、どうなるんだっけ」


「ああ、その場合は……」


 文化祭が終了して、部活を引退すると、三年生は本格的に受験モードに突入した。

 私も予備校のコマを増やして、絵の練習はそちらで集中することにして、その他の時間はセンター対策にあてている。

 瀬戸内君は瀬戸内君で勉強があるし、一緒に遊ぶことはできないけど、予定があう時はせめてこうして一緒に勉強することにしている。


「理解できた。ありがとう! 瀬戸内君は英語が得意だし、教え方も上手だから助かるよ。……でも、ごめんね。瀬戸内君の勉強邪魔してばっかりで」


「いや。教えることでわかることもあるから、気にするな。俺は今野の役に立てて、嬉しい」


 ……って瀬戸内君は言ってくれるけど、私が質問するようなことなんて、基礎的過ぎて絶対瀬戸内君の役には立ってないんだよね。使ってるものからして、レベルが違い過ぎるよ。


「瀬戸内君の英語の参考書、すごいよね………タイトルまでがっちり英語で、ものすごく分厚いし。すごく専門的な感じがする」


 思わずため息を吐く私に、瀬戸内君は表情を曇らせた。


「いや、これは参考書というか………なんていうか、趣味みたいなものだから」


「趣味で、英語の勉強!? それ自体、びっくりだけど、受験勉強の間に趣味をする瀬戸内君にもびっくりだよ。さすが頭いいだけあって、余裕だなあ」


「……まあ、応用問題には効果があるかと思って。だけどそうだな。得意な英語伸ばすより、センター対策で数学勉強した方が良さそうだな」


 歯切れの悪い言葉とともに、隠すように英語の本をしまう瀬戸内君の姿がどこか不自然だったけど、私はそれに気づかないふりをした。





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