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瀬戸内君と保健室

 よく事態が飲み込めないまま、瀬戸内君を担いだサッカー部の人たちと共に、保健室に向かった。

 ……背中に焼けつきそうなくらいの、高梨さんの視線を感じたのは、きっと気のせいじゃないけど今は気にしないでおこう。


「あー、大丈夫大丈夫。こぶはできてるみたいだけど、これくらいなら特に問題ないかな。少し眠ったら目を醒ますわよ」


 保健室の先生曰く、一時的に気を失っているだけで大事はないらしい。取りあえず、ホッとした。


「じゃあ、今野。悪いけど、俺たち練習戻るな。瀬戸内が目を醒ましたら、今日はもう部活来ないでいいから、家で頭冷やしてろって伝えてくれ。二重の意味で」


「え……ちょ、大林くん?」


 ……行っちゃった。

 結局なんで私のせいで瀬戸内君が怪我したのか、教えてくれなかったな。


「あ……えーと、今野さん、だっけ?」


「あ、はい。そうです」


「ごめんね。実は私も、今からちょっと校長先生に呼び出されてるの。まず大丈夫だとは思うけど、頭打った場合突然状態が急変する場合もあるから、私の代わりに、彼についててくれない?」


「あ……はい」


「本当ごめんねー。30分くらいでもどるから」


 先生まで、出て行ってしまった。

 ベッドで眠っている瀬戸内君とまさかの二人っきりだ。


「………よく分からないけど……私のせい、なんだよね? 瀬戸内君、ごめんね」


 眠っている瀬戸内君に、謝っても、もちろん返事はない。

 私は溜息を吐いて、膝の上にほおづえをつきなかまら瀬戸内君の寝顔を眺めた。

 改めて見ても格好いい顔だな……あ、眠っている時も眼鏡じゃ、寝づらいかな。スポーツ用なら、なおさら。


「……ちょっとごめんね、瀬戸内君」


 そっと瀬戸内君に向かって手を伸ばして、眼鏡を取ってあげようとしたその瞬間だった。


「……今、野……?」


 瀬戸内君の長いまつ毛が揺れて、その奥から現れた黒い瞳が私を捉えた。


「……良かった。瀬戸内君、目を……」


「なんだ……また、いつもの夢か」


「……わっ」


 次の瞬間伸びた手によって引き寄せられ、気が付いた時には私は、上から倒れ込むようにして瀬戸内君の腕の中にいた。


「瀬戸、内君?」


「……何で夢の中でしか俺は、お前の前で、ちゃんとできないのかな……」


 瀬戸内君……寝ぼけてる?

 どうすれば分からないまま固まる私の頬に、瀬戸内君の手が添えられた。

 瀬戸内君の、寝ぼけ眼が、真っ直ぐに私に向けられて、近づく。


「……好きだ、今野……初めて、見た瞬間から、ずっと好きだった……」


 そして、瀬戸内君と私の距離が、0になった。


 ファーストキスはレモン味って、何かで言ってたけど、そんなことなかった。

 ボールが頭に当たって転んだときについたのか、ちょっとだけ土の味がした。



「―――うわあああああああああ!!!」


 叫び声と共に、こてんと保健室の床に投げ出された。

 突きとばされたけど、床に叩きつけられる前にとっさに瀬戸内君が手を引いてくれたから、あまり痛くなかった。

 だけど、そうやって握られた手も、私が床にお尻をつくなり、慌てて離された。


「ご、ごめん、今野……てか、え、え、え、夢じゃ、ない? 俺、え、え、え」


 今まで見た、どの照れた顔よりも真っ赤になってうろたえる、瀬戸内君を見ていたら、突然の彼の行動に批難する気なんて、とてもなれなかった。


 気にしなくてもいい?


 寝ぼけたんだから、仕方ない?


 なんて言って、瀬戸内君をなぐさめればいいか、分からなかったので、私は瀬戸内君を下から見上げながら首を傾げた。


「えと、その……ごちそう、様でした?」


 あ、多分これ、間違ってる気がする。


「――――――っ!!!!!!」


 瀬戸内君は一層真っ赤になって、なんて表現すればいいのか分からない奇声をあげて、保健室を飛び出していってしまった。

 どうやら、怪我は本当に問題ないようだ。

 良かった。良かった。


「……やっぱり、瀬戸内君は可愛いなぁ」


 ところで瀬戸内君は、保健室を出る前にちゃんと私の顔を見ただろうか。

 瀬戸内君以上に真っ赤になっているであろう、私の顔を。

 そっと、自身の唇に触れてみる。

 さっきの瀬戸内君の唇に触れた、自身の唇を。


「……だけど、ちょっと強引な瀬戸内君は、それはそれで格好良かったよ」




「あれ。舞子先輩。今日はずいぶん遅かったっすねー」


 熱に浮かされたようなふわふわとした気分で美術室へ向かうと、中には後輩の琴音ちゃんしかいなかった。


「あれ? みんなは」


「今日は天気がいいから、外に写生行きましたー。自分は次のコンクール抽象画で行くつもりなんで、ここで作業してるっす。……ああ、でも三年生の半分くらいは、さっさとコンクール用作品仕上げて、受験勉強してるみたいっすけどね。まだ五月なのに気の早いこって」


「まあ、うちの美術部の引退は、9月の文化祭後だからねー。それから受験勉強専念するのは大変だから、部活に顔出さなくなっても仕方ないよ」


 その辺の融通がきくのは、個人系文化部の特権かもしれない。瀬戸内君たちみたいに運動部、しかも団体競技だとそうはいかない。

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