今野ちゃんとたこ焼き
琴音ちゃんの言葉に、思わず振り返って、肩越しに自分の背中を見る。
どれだけ首をひねっても、自分の背中を全部見ることなんてできないけれど、それでもそこに翼なんてあるわけない。
……だけど、本当に、琴音ちゃんには翼が見えたのだろうか。真っ白い翼が、この背中に。
琴音ちゃんの絵を、見上げる。
翼が生えた少女の図上に広がる、どこまでも青く透き通った空。
この空をどこまでも、飛んでいくことはできるのだろうか。
いつだって、地面を這いつくばって、じたばたしている私でも。
「……きっと、飛べるね」
ぽつりと口から零れた言葉は、自分でもびっくりするくらい、確信に満ちていた。
諦めなければ、信じ続けられれば。
きっと空だって、飛べるんだ。
どこまでだって、行けるはず。
琴音ちゃんの絵を見たら、そう信じられる気がした。
「……まあ、せいぜい舞子先輩は、優雅に空を羽ばたいてればいいっすよ。私は翼はないけれど、それでも地面を駆けて必死に追いかけますから」
「え、それって、琴音ちゃんも一緒の大学来てくれるってこと?」
「舞子先輩が受かったら、の話っすが。……一浪するのは同級生になれるからウェルカムっすけど、後輩になるのはさみしいんでやめて下さいね。その場合、二年も舞子先輩と離れないといけないんすから」
うーん……ここで自分が落ちる可能性を全く考えてない辺りが、さすが琴音ちゃんと言うか。
でも、下手したら琴音ちゃんの同級生か後輩っていうのは、笑えないな。頑張って勉強しないと………。
「……けど、琴音ちゃんと大学も一緒だったら、すっごく楽しいんだろうなあ」
思わず、へにゃらとした緩みきった笑みが浮かぶ。
琴音ちゃんと過ごすキャンパスライフ……うーん。想像したらわくわくして来たぞ。
琴音ちゃんがはたちになったら、一緒にお酒飲んだりとかもできるし。お酒って飲んだことないけど、どんなかなー。お互い、どれくらい飲めるんだろう。
一緒の場所バイトとかするのも、楽しそうだよね。制服可愛いカフェとかで働いてみたいなあ。
「……ひはひ」
一人勝手に妄想を膨らませてたら、いきなりほっぺたを引っ張られた。
ほっぺは、人よりわりと伸びる方なので、それほど痛くはないけど、なんでいきなりこんな目に遭っているのか分からない。
「……そういうとこっすよ。舞子先輩」
……いや、さっきから、そういうとこって、どういうとこ?
「ところで舞子先輩……可愛くなくて可愛いあなたの後輩から、一つおねだりがあるんすが、聞いてくれますか? 聞いてくれますよね? はい、ありがとうございます」
そしてほっぺたが解放されるなり、今度はこんなことを言い始めた。
……それ、お願いというか、もはや強制じゃないかな?
「私は朝から受付業務をしてて、すっかりお腹が空きました。がっつりなお昼ご飯は、シフト交代後に食べるにしても、客がいない時に軽く何かつまむくらいは許されると思うんすよね」
「あ、うん。それくらいはね」
「私は今、すっごくたこ焼きが食べたいんす。しかも他の出店のでなく、中庭で売られてるジャンボたこ焼きが。……舞子先輩。2人で一パックで良いから奢って下さいよ」
「あ、いーよ。それくらいなら………って、中庭のジャンボたこ焼き?」
あれ……それって、もしかしなくても……。
固まる私に、琴音ちゃんはイイ笑顔で言い放った。
「なんか無駄に伝統ある分、美味しいって評判らしいんすよね。あそこのたこ焼き……非リアの先輩達の、やり場のない感情がぶつけられた結果っすかね~」
ーーやっぱりサッカー部の出店だー!
「え、ちょ、琴音ちゃん」
「サッカー部員の監視外でのリア充が禁止されてても、客として買いに行くくらいは全然オッケーなんでしょ? ほらほら、30分くらいなら一人で受付やってても良いっすから、行った行った」
「いや、でも……」
「これは、お願いじゃなくて、強制っす。……他のたこ焼きじゃ、駄目っすからね。はい、舞子先輩のカバン。それじゃあ」
………カバンごと、部屋を追い出されてしまった。
問答無用で目の前でぴしゃりと閉められた扉を、しばし呆然と見つめる。
「……い、いいのかな。本当に、行って……」
……分からないけど、これは琴音ちゃんなりの、私に対する思いやりだ。
だったら、その優しさを無駄にするわけにはいかない。
「クレープ、クレープいかがっすかー」
「巨大迷路作りましたー。今のとこ最短クリア記録は15分。一回200円で挑戦者募集中ですー」
「はい、スペシャルドリンクお待ちどう様ー。タピオカミルクティーに、ココアを足しました。ご賞味下さい」
たくさんの人で賑わっている廊下を、縫うように進みながら、中庭を目指す。
……瀬戸内君に会ったら、何て言おう。
瀬戸内君、どんな顔、するかな。
やっぱりここは、ただのお客さんのふりをして、軽く手を振るくらいがちょうど良いんだろうか。
なんか考えたら、どきどきして来たぞ。
「……嫌がられないと、いいんだけど」
中庭は、廊下よりさらに賑わっていて、特にサッカー部のジャンボたこ焼きはすごい長い列ができていた。これは並んだら、結構かかりそうだ。
……そうだ。並んだあげく嫌な顔されたら悲しいから、先に後ろの方から回りこんで反応見てからにしようかな。サッカー部人数多いから、後ろのテントで休憩している人もいるし。
………って、え?
「……なんだ。今野も来たのか」
………って、なんで高梨さん、当たり前のようにリア充禁止な場にいるのー!?




