今野ちゃんと翼
さっきは琴音ちゃんの意外な一面を見てびっくりしたけど、よくよく考えたら、私だって私が思っていることを全て、琴音ちゃんに晒してるわけじゃない。
琴音ちゃんに言われた一言をずーっと根に持ってることも、今の今まで言わずに、「琴音ちゃんの言葉なんて全然気にしてませんよー」って余裕ある先輩のふりをしてたわけだし。
人間なんて、取り繕って当たり前。誰だって知らない一面を持っているのが、普通。
何もかもオープンに、思うがままに生きてる人なんて、早々いないから。
例え、知らない顔があっても、今まで一緒に時間を重ねてきた琴音ちゃんの顔も嘘じゃない。今まで過ごして来た日々が偽物になるわけじゃない。
どんな琴音ちゃんだって、琴音ちゃんは琴音ちゃんで。生意気で可愛い、私の大事な後輩であることには変わりないんだ。
「……ああ、もう。この人は本当に」
「……ぐえ」
……ちょ、琴音ちゃん。普通に抱きついたつもりかもしれないけど、身長差のせいで、首。首がしまっているよ!
潰れたカエルみたいな声出たよ!
琴音ちゃん、気づいて!
「……もう本当にこの人は、可愛すぎて憎たらしいていうか……憎さ余って可愛さ百倍と言うかっ……」
あ、これ、わざとだ。
わざと首が軽くしまるように抱きついてる。
その証拠に、私が抗議の意味を込めて手をばたばたさせてるのに、さらに圧迫して来たし。
……ひどい。
「はーなーじーでー」
「離して欲しかったら、留年して下さいよ。私の嫉妬対象でありながら、同時に癒しと言う、二律背反な存在として、もう一年私の傍にいて下さい。そんで、再来年二人で一緒に卒業しましょう」
「むーりー………というか、嫉妬?」
……琴音ちゃんが私に嫉妬するようなことなんて、何一つ思いつかないんだけどな。
芸術的才能も、身長も、スタイルも、完全に私が負けてるのに。
「……そう言うとこっすよ。本当」
呆れたような言葉とともに、ようやく開放された。
本気で首をしめられたわけじゃないから、苦しかったわけじゃないけど、急所が狙われるプレッシャーから逃れられて、ホッと安堵のため息を吐く。
……琴音ちゃんが本気で私のこと苦しめたりはしないってわかってるけどね。やっぱり急所を守りたがるのは生物としての本能だから。
「ねえ、舞子先輩……私が今回描いた絵、舞子先輩をモデルにしたって気づいてますか?」
え……?
意外過ぎる琴音ちゃんの言葉に、慌てて琴音ちゃんの絵に視線をやる。
……私が、モデル?
「……うそだー。私、こんな美少女じゃないよ」
「まあ、そこは美化200パーセントってことで。やっぱり、絵を描くうえで華は大切っすからね。多少の脚色は仕方ないっす」
う……自分で最初に言っとといてあれだけど、そうあっさり肯定されると地味に傷つくな。
この、正直者め。
「でも、顔のパーツ以外はあんま変えてないっすよ……ほら、今回の絵を描いてる時、舞子先輩ずっと立って作業してたじゃないっすか。それを斜め後ろから、ずっと見てたんす。ちょうど、このイラストボードの右斜め端らへんから」
……言われてみれば、確かに髪型といい、どこかちんちくりんな体型といい、シルエットだけなら私と似てる。
絵の中の女の子が、意味なく中途半端に持ち上げてる片手がなんか不思議で、そこが神秘的なオーラかもし出していいなと思ってたけど……これ、単純に筆持ってる手をそのまま描いただけか。うわ、騙された。
「ーー背中にね、翼が見えたんすよ。本当に」
琴音ちゃんはそう言って、ふわりと笑った。
「舞子先輩の後ろの窓から見えた夏の空が、ひたすら青くて……差し込んで来た日差しが、ちょうど舞子先輩の背中を照らしてたんす。その時、背中に白い翼がきらきら輝いてんのが、私には見えたんす」
「………琴音ちゃん。ロマンチックな表現ぶち壊して悪いけど、多分それ、舞い上がってたホコリか石膏の粉が、日の光できらきらしてただけ………」
定期的に掃除をしているはずなのに、美術室は何故かいつもホコリっぽい。
彫刻やら石膏像作りやらで、定期的に床は真っ白になるし、一度散らばった石膏の粉は濡れ雑巾で拭いたくらいじゃ、簡単には取れない。
だから、おそらくそう言うことなんだろう。
……浪漫の欠片もない先輩でごめんね、琴音ちゃん。
「そんなん知ってますよ。……でも、私には確かに、翼に見えたんす」
イラストボードの中で、青い空に溶けるように描かれた、白い羽根。
こんな綺麗な羽根が、私の背中から生えているように見えたなんて、ちょっと信じられない。
だけど琴音ちゃんは、どこまでも大真面目だった。
「舞子先輩の背中から翼が生えたと思ったら、気がつけばこの絵を描いてたんす。本当は、もっと別に描こうと思ってた案があったのに……舞子先輩のせいっすよ。ったく」
「……いや、それは私のせいじゃないんじゃないかな」
「いや、舞子先輩のせいっすよ」
そう言って、琴音ちゃんはそっと絵の羽根の部分を撫でた。
「舞子先輩なら、きっとこの翼で青空の中をどこまでも飛んで行けるんだろうなって思った結果っすから……やっぱり、舞子先輩のせいっす」




