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瀬戸内君は可愛い人【連載版】  作者: 空飛ぶひよこ


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今野ちゃんと「感動」

 悔しい……? 誰よりも絵の才能があって、いっぱい賞ももらってる琴音ちゃんが?


「いや……もしかしたら、私は元々悔しかったのかもしれないっすね。あの時の私は、技術に関しては間違いなく舞子先輩に負けてたから」


「……そんなことはないと思うよ?」


 入部したての頃から、琴音ちゃんはズバ抜けて上手な絵を描いていた。技術に関しても、私は琴音ちゃんに勝ったなんて思ったことはない。

 だから、それは多分琴音ちゃんの考え過ぎだと思う。


「だったらいーんすけど。……もし、技術で舞子先輩に勝てないのが悔しいあまり、『感動』なんて抽象的なもん出して負け惜しみ言ってたなら、かっこ悪いっすからねー」


 ひひっと歯を出して笑うと、琴音ちゃんは眩しげに目を細めて、私の作品を見上げた。


「まあ、私の負け惜しみさっ引いても……実際、かなり舞子先輩の絵、変わったと思いますよ。前は本当、教科書通りって言うか、見ててつまんない感はありましたもん」


 琴音ちゃんにつられて、私も自分の絵を見上げた。

 ……そんなに私の絵、変わったかな?

 自分では、良くわからないけど。

 もし、変わったというなら、それはきっと……。


「やっぱりそれは……舞子先輩のヨカナーンのおかげっすかね」


 まさに考えていた通りの答えを、ずばりと琴音ちゃんに指摘されて、どきりとした。


「やっぱり恋は人を芸術家にすると言うか……感情の動きが、わかりやすく絵に現れますよねー。やっぱ、絵の感動って、描いてる側がどれだけそれに自身の感情を込めたかだと思うんすよ。私は。それが、どんな感情かは、人それぞれでも」


 しみじみと語る琴音ちゃんの言葉に、少し違和感を抱いた。


「……でも、私、琴音ちゃんの絵には、いつも感動してるよ?」


 琴音ちゃんは、恋をしているようには見えないし……絵を描いてる時の琴音ちゃんを見ても、ただいつもひょうひょうとしてて、特別何か強い感情を込めているようにも見えない。

 やっぱり人を感動させられる絵を描けるのって、才能が一番だと思うんだけど……。


「……それは、舞子先輩が知らないだけっすよ」


「……っ」


「込めてますよ、いつも山盛りの感情を………恋なんて、綺麗なもんじゃない、どろどろしたものを、私はいつも絵で昇華してんす」


 ーーそう言った琴音ちゃんは、私が知る琴音ちゃんとは、別人のような表情をしていた。


「……ごめん……私、琴音ちゃんのこと何もわかってないのに……」


「別に謝ることじゃないすよー。私が、舞子先輩にそう言うの見せてなかっただけっすから。舞子先輩の前では、私、ちょっと生意気なだけの可愛い後輩でいたかったんすもん」


 次の瞬間、からからと楽しげに笑う琴音ちゃんはいつもの琴音ちゃんで。

 さっきの淀んだ目をした琴音ちゃんと、どっちが本当の琴音ちゃんなのか分からなくなる。


「……でも、今の舞子先輩の絵を見ると、もっと辛辣で可愛げのない後輩でいればよかったかな、って思いますよ」


 ポツリとつぶやくように告げられた言葉は、ちょっとだけ楽しそうでもあり、ちょっとだけ悲しそうでもあった。


「だって、そうして舞子先輩をちくちくいじめてたら……もしかしたら、舞子先輩の絵を変えられてたのは、私だったかもしれないじゃないっすか。舞子先輩の絵を変えたのが、誰より近くで舞子先輩の絵を見てた私じゃなく、ポッと出のヨカナーン残念王子だなんて、ちょっと悔しいっす」


 その言葉を聞いた瞬間、ブレかけていた琴音ちゃんの姿が、しっかり一つに定まった気がした。


「いや、私の絵が変わったとしたら………多分というか、大いに琴音ちゃんの影響も、あったと思うよ?」


「え?」


「だって、私、琴音ちゃんから絵に感動がないって言われたの、すっごく悔しかったし、いつか絶対琴音ちゃんを感動させてみせる!って本当はずっと思ってたもん。琴音ちゃんは知らないだろうけど、ずーっとしつこく根に持ってたもん」


 身の程知らずな気がして、公言はできなかったけど……それでも、私は自分の絵で誰かを感動させることを諦めてはなかった。

 ずっと、琴音ちゃんのあの言葉をしつこく根に持ち続けながら、そのショックを闘志に変えて、今まで絵を描き続けて来た。

 だから、もし絵の感動が「描き手の感情」によるものだというなら、きっと、もし瀬戸内君と出会わなかったとしても、今の私の絵は琴音ちゃんが入部した頃よりは大なり小なり変化はしていたはずだ。

 たとえそれが「劣等感」だとしても、感情の強さとしてはきっと十分だっただろう。


「だから……ありがとうね。琴音ちゃん。ここまで絵に必死になれたのは、琴音ちゃんのおかげでもあるから」


 笑って告げた感謝の言葉に、琴音ちゃんは驚いたように目を開いて、次の瞬間泣きそうに顔を歪めた。


「……あー、もう。舞子先輩、何であの暴言に対して、そんな風にお礼言えるんすか。てか、根に持ってたって嘘でしょ? 次の日も、変わらず優しくて親切な先輩なままだったじゃないすか」


「だって、自分の絵批判されたからって、そのショックを人にぶつけるわけにはいかないでしょ? しかも入部したばっかりで、まだ部に馴染んでもいない琴音ちゃんに」


「ぶーつーけーまーす。少なくとも、私は、自分の絵批判されたら、その相手超大嫌いになりますー」


「いや、私だってめちゃくちゃひどいこと言われたら嫌いになるかもしれないけど。琴音ちゃんは、少なくとも私の技術は認めてくれたわけだし。それに……」


 あの日、あの言葉だけで、琴音ちゃんを嫌いにならなくて、よかったと、心から思う。


「それに、あの時琴音ちゃんを嫌いになってたら、今こうして、仲良く会話もできてなかったしね。琴音ちゃんは、生意気だし、私より絵の才能あるし、私の知らない顔を色々隠してるけど……それでも、私が美術部で一番仲良しな、可愛い後輩であることには違いないんだから」



 






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