今野ちゃんと琴音ちゃん
「……しかし、考えようによっては、これイベントのチャンスじゃないっすか? こう、ゲームではスチルついちゃう系ビッグイベントの」
イ、イベント?
ス、スチル?
なんか琴音ちゃん「すっごく良いこと思いついた」みたいな顔してるけど、ちょっと言ってる意味が分からないかなー……。
「リア充を阻止するべく追いかけてくる、サッカー部集団! そんな追っ手達から文化祭の中、手と手を取り合って逃げる、舞子先輩とヨカナーン残念王子! ……逃げこんだ、空き教室で、狭いロッカーに二人で入って密着なんかしたら……きゃー! もう、完全少女漫画の世界じゃないすかー。さあ、舞子先輩、レッツトライっす!」
うーん…… 琴音ちゃん、なんか一人で盛り上がってるとこ、申し訳ないけど。
「もしさ、本当に私と瀬戸内君が手と手を取り合って逃げたりしたら……間違いなく、瀬戸内君、派手に転ぶと思うよ?」
「………………」
そういう場面では、ついうっかりさんしてしまうのが、瀬戸内君だし。
そもそも私と瀬戸内君の運動神経が、つり合ってないからなあ。私の足が遅過ぎて、瀬戸内君の足がもつれるところまで、お約束と言うか。何というか。
「転ぶだけなら良いけど、下手したら屋台の人達に迷惑かけるしね。……そもそも、いくら文化祭でも、廊下は走ったりしちゃいけません。ルールと言うかマナーだからね」
「………………」
「あとさ、何だかんだで瀬戸内君はサッカー部のみんな大好きだから、どんな変な掟でも裏切ったりはしないと思うんだよね。それで瀬戸内君が友達と気まずくなったりしたら、私もいやだし」
私自身、瀬戸内君と智ちゃんや和美ちゃんを天秤にかけられなかったように、私は瀬戸内君にも、私と友達を天秤にかけさせたくはない。
やっぱりさ、こ、恋人(て、言って良いんだよね)も大事だけど、友達も大事だし。
無理に文化祭にこだわらなくても、瀬戸内君とは別の形で思い出を作れば良いしね。
「……もう、やだ。この人達、なんて煽りがいがない」
がっくりと項垂れた琴音ちゃんに、ごめんねの意味を込めて頭を撫でているうちに、絵を見てた人が出て行った。
まもなくお昼だし、これから外の野外ステージでイベントやるらしいから、しばらく暇になるかな。
せっかくだから、もう一回みんなの作品見とこう。そう思って受付の席から立ち上がる。誰か来たら、また受付に戻ろっと。
「ーー琴音ちゃん、今回はわりと写実的な作品にしたんだね。幻想的な感じもあって、すごく綺麗。今までの琴音ちゃんの作品と比べると、ちょっと意外な気もするけど」
琴音ちゃんが今回描いたのは、青空の下で佇む、白いワンピースの少女の肖像。
その背中には、空に溶けているかのように描かれた白い羽が、ぼんやりと浮かび上がって見える。
前回の抽象画とは打って変わった、ファンタジーな作品だ。……琴音ちゃん、こう言うのも描くんだなあ。
「ああそれは……前回の、舞子先輩のサロメが綺麗だったから、同じようなの書きたくて」
「え?」
「それより、私、舞子先輩こそ意外でしたよ。……まさか、油絵で行くとは思わなかったっすっから」
「えへへ……ちょっと、試したくなって」
黒の絵の具の上に、花を咲かせようとしても、油絵意外だと色が混ざって描けない。
だから今回は、思い切って油絵に挑戦してみました。
「……でも良いんすか? 舞子先輩、デザイン科志望なんすよね。何となく、デザイン科推薦のポートフォリオ用には、水彩とかのイラストの方が良いイメージあったんすけど」
「うーん。それは私もちょっと思ったけど……まあ、油絵でもデザインであることには変わりないしね。推薦の規定には、今まで自分が描いた作品ってしか描いてなかったから、多分大丈夫」
色々打算的なことも考えたけど、美術部員として最後の作品は、本当にただ自分が描きたいものを選んだ。
きっとその方が、最終的に後悔はないと思ったから。
「そうっすか……良いと思いますよ。前のサロメも綺麗でしたが、今回のもっと綺麗っすから」
「ありがとう。琴音ちゃん。お世辞でも、嬉しいよ」
私の言葉に、琴音ちゃんは何故か少し苦々しい表情を浮かべた。
「………ねえ、舞子先輩。私が、入部したての頃に、舞子先輩に言った暴言、覚えてますか?」
「……え?」
「舞子先輩の絵は上手だけど、感動がないって言ったこと」
改めて、繰り返された言葉に、ツキリと胸の奥が痛んだ。
「舞子先輩と仲良くなって、失敗したなあって思ったんすよね……よけいなこと言ったって。ずっと謝りたかったんすけど……謝るのも変な話かな、って。確かにあの時、私がそう思ったのは事実っすから」
「あ……あはは、そう、なんだ。気に、しないで……大丈夫、だよ」
口にした言葉は、自分でもわかるくらい掠れていて、説得力がなかった。
……なんで、琴音ちゃんは今さら、あの時のことを、蒸し返すんだろう。
美術部としての最後の文化祭……先輩として、情けないところを見せたくないのに。
情けなく歪んだ顔を琴音ちゃんに見せたくなくて、俯いて床を見つめた。
「あの時、そう思ったのは事実っすけど……今は、撤回させてもらっても良いっすか?」
「え………」
驚いて顔を上げると、琴音ちゃんは真顔でこちらを見据えていた。ちょっとびっくりするくらい、真剣な表情だった。
「舞子先輩の最近の絵は、技術云々でなく、本当すごく綺麗で……感動させられてばっかっす。同じ絵描きとして、悔しくなるくらいに」




