今野ちゃんと文化祭
キャンバスを、黒く染める。
できる限り、均一に、ひたすら、真っ黒に。
「……うん。後は、乾いたらだな」
ーー黒いキャンバスに、大輪の花を咲かそう。
「ーーご鑑賞、ありがとうございました。よかったら、感想アンケート、ご協力ください」
早いもので、あっという間に夏が終わって、いつの間にか木の葉が赤く染まってしまった。
……一応夏休みもあったはずなんだけど、毎日受験勉強漬けで、休んだ感じがしないな。瀬戸内君と、何回か息抜きも兼ねて、出かけられたのはよかったけど。
そして、気が付けば、我らが美術部の見せ場とも言える文化祭当日がやって来てしまいました。
うちの高校は、一日しか文化祭がないので、今日が私達三年生にとって最後の美術部としての活動とも言えるわけで。
ここは有終の美を飾るべく、張り切って受付しないと……!
「ーーいやいや、そんなの私ら後輩に任せれば良いじゃないすか。受付なんて、誰がやっても同じなんだから。なんで、舞子先輩が、他の誰より率先してやってんすか」
……しかし、そんな私に対する、琴音ちゃんの言葉は冷たかった。
「……え。琴音ちゃん、私と一緒に受付するの、いやだった?」
「いや、私はうれしいっすよ? 他のメンバー、あんまり受付やりたがらないし、舞子先輩と一緒に過ごせるのも今日が最後だから、こうやって長くダベって時間もらえるのはありがたいっす。ありがたいけど……舞子先輩にとって、これ、最後の文化祭なんすよ? いいすか、こんなとこいて」
「大丈夫、大丈夫。午前中の空いてる時間は、智ちゃんと和美ちゃんと一緒に、色々見て回ったし。交代の時間が来たら、琴音ちゃん、一緒に会場回ってくれるんでしょ? ステージの、出し物が面白そうで楽しみなんだあ。智ちゃんと和美ちゃんは、それぞれクラスの出し物で忙しいみたいだから、琴音ちゃんが一緒に行ってくれてよかったよ」
ちなみに、クラスの出し物であるお化け屋敷は、部活の出し物がある生徒は、準備と片付けのみでオッケーということなので、免除されました。
……お化け役する智ちゃんと和美ちゃん、気合い入ってたなあ。昨日見せてくれた、練習メイクすごく怖かったし。
せっかくだし、クラスの売り上げに貢献する為にも、あとで琴音ちゃんと行ってみようかな。……でも琴音ちゃん、意外と恐がりだからなあ。
「ーーそうじゃなくて!」
「ちょ、琴音ちゃん。声、大きい。声」
せっかく絵を見に来てくれた人が、びっくりしてるよ……!
私の言葉に、琴音ちゃんは苦々しい表情で、声のトーンを下げた。
「……なんで、せっかくの最後の文化祭、舞子先輩は舞子先輩のヨカナーンと一緒に過ごさないんすか」
……う、痛いところを……。
「……いや、あの。瀬戸内君はサッカー部の出店があって……」
「サッカー部の出店って……もう三年で引退しているんすよね!? それに、出店だってシフトあるわけだし、別にずっといるわけじゃないでしょ」
「それが……サッカー部の、掟? らしくて」
「……掟?」
私は苦笑いしながら、数日前に瀬戸内君と交わした会話を思い出していた。
『ーーごめん。今野……文化祭だけど、俺、今野と一緒に回れない』
真っ青な顔で瀬戸内君から告げられた言葉に、思わず目を丸くした。
『回れないなら仕方ないけど……どうしたの? その日、文化祭に行けない用事でもできた?』
『……いや、文化祭には参加するんだが……』
瀬戸内君はしばらく言葉に迷うように、視線をさまよわせた後、がくりと項垂れた。
『サッカー部の……掟、なんだ……』
『………掟?』
今にも泣きそうな瀬戸内君が口にしたのは、あまりにも予想外な言葉だった。
『サッカー部は伝統的に………引退した三年に至るまで、文化祭ではリア充禁止……サッカー部員以外のメンバーの監視外で、規定時間以上異性と接触するのを禁じられてるんだ……!』
「ーーいや、何すか。そのアホ過ぎる掟は」
琴音ちゃんのもっとも過ぎる突っ込みに、思わず乾いた笑いが漏れた。
……やっぱり、そう思うよね。
私も最初聞いた時は、正直ちょっと呆れたもん。
「いや、ね。……何代か前のサッカー部三年生の元キャプテンだった人が、自分以外の部員がみんな彼女いることに怒って、こんなめちゃくちゃな掟を作ったらしいんだけど……」
「いや、なんでそんな掟、律儀に続けてるんすか。おかしいでしょ」
「いやあ、それが……次の年からは、彼女がいない部員達が結束して掟を遵守させるようになったみたいで。守らない部員は、文化祭中つけ回して、ありとあらゆるデートの邪魔をしたとかなんとか……」
……なんというか、最早完全に悪ふざけのノリだよね。ある意味、お祭りらしいというか。
男の子って、そう言う時の結束力、強いからなあ。
「……あれ。でも、今年の元キャプテンのちっこい人、わりと真面目だって聞きましたけど。何でそんなふざけた掟、続けてさせてんすか。自分の代でやめさせればいいでしょ」
「……そこが、大林君の変に真面目なとこなんだよね」
ふざけた掟だろうと、伝統ならば自分の代で途絶えさせてはいけない。
そんな変な責任感で、寧ろ大林君が積極的に周囲に掟を守らせているらしい。
そう伝えた瞬間、琴音ちゃんの顔が盛大に歪んだ。
「舞子先輩………私今まで、サッカー部ってうちらとはほど遠い、いけ好かないリア充集団だと思ってたんすけど」
「………うん」
「ただのアホの集まりなんすね」
……ごめん、瀬戸内君。大林君。
否定、できないかも。




