今野ちゃんと瀬戸内君と、花火
そうやって、最終的には楽しかったと思える瀬戸内君はすごいなあ。私なら、言葉が通じないところで一年いたら、辛くなっちゃう気がする。
「そっかあ。……じゃあ、瀬戸内君は、大学はグローバル系な学部を志望してるの?」
英語の成績、いつも学年トップだしね。瀬戸内君らしいといえば、瀬戸内君らしい。
「……そう、だな。でも最近、知らない世界って外国の文化にこだわらなくても、身近なところにいくらでもあるな、って思い始めて来たんだ」
何となく歯切れが悪い言葉に、瀬戸内君を見上げたけど、空を見上げている瀬戸内君の表情は、下からはわからなかった。
「花火が、綺麗だな。今野。……俺、何度も打ち上げ花火は見たことがあるけど、こんなに花火が綺麗だって思ったのは初めてだ」
「……瀬戸内く、」
「ーーそれより、今野さん。俺の話に移ってもよろしいでしょうか」
「……あ、うん」
そう言われたら、これ以上突っ込むこともできない。……また今度、聞いてみようかな。
「……今野さん、かき氷は、食べ終わりましたね」
「うん、全部食べ終わったよ」
「それじゃあ、いったん、カップは邪魔なので、こちらに置いておきましょう……もちろん帰りは忘れず持って帰りますので」
「いや、瀬戸内君がポイ捨てするなんて思ってないけど……」
それにしても、瀬戸内君……なぜ、敬語?
神社に来たばかりの時、私がいじめた仕返しかな?
言われるがままに、カップを置くと、瀬戸内君が空いた手を私の肩に置いた。
「……………ーーーっ」
「……瀬戸内君?」
「……こ、今野さん、あの、です、ね」
「はい」
「……っさ、最初の時の、や、やり直しを、したいんですがぁ……!」
やり直し? え、何のことだろ。
キョトンとしてしまった私に、瀬戸内君の顔が、薄暗い中でも分かるくらい、真っ赤に染まった。
「キ…………」
「き?」
「…………キス、しても、良いですか………?」
……あ、やり直しって、そういうことか。
気づいた瞬間、私の顔もカアッと熱くなった。
「ご、ごめんね……すぐ、察せられなくて……」
「い、いや……はっきり言えない俺が悪いから……駄目、ですか」
何だかちょっと泣きそうになりながら、顔を背けた瀬戸内君の頬を、下からは両手で挟みこんで、こっちに向かせた。
「……駄目じゃないよ」
……私は、あのファーストキスも、大切な思い出だから、やり直しをしたいとは思わないけど。
「ちゃんと、目が醒めてる瀬戸内君とも……キスしたいな、って思ってたから」
……あ、なんか私、すっごく恥ずかしいこと言ってる気がする。
は、はしたないって思われてるかな。
思わず俯いた私の顔を、今度は瀬戸内君が両手で上げさせた。
「……今野」
ドーンと、一際大きな花火が上がった瞬間、唇に柔らかいものが触れた。
ーーセカンドキスは、かき氷のブルーハワイの味がした。
「……今野、俺さ。今日、今野に、『月が綺麗だ』って、伝えようと思ってたんだ」
触れるだけのキスが終わった途端、瀬戸内君からぎゅっと強く抱き締められた。
「多分、俺はちゃんとそういうの伝えようとしたら、また噛んで失敗するから……夏目漱石のエピソードを借りれば、遠回しに格好つけられるって思って………」
……その夏目漱石のエピソードを知らない、無知な私で、ごめんなさい。
今も、瀬戸内君が何を言いたいのかわからないです。
「だけど……だけど俺は、知識では夏目漱石の話を知ってたけど、本当は全然知らなかったんだ。それがどういう意図で訳されたものか、表面的なものしか、知らなかったんだ」
「……………」
「月じゃなくても、いいんだ……花でも、星でも……花火でも。綺麗なものが、一緒にいて、もっともっと綺麗に見えたら……それはきっと、同じ気持ちなんだ」
花火が、空に咲いては消えていく。
抱き合ったまま、私と瀬戸内君はそれを一緒に見上げた。
「本当に、花火が綺麗だ………今野と一緒に見る花火は、こんなにも綺麗なんだな。今野といると俺は、知らなかった世界に気づかされてばかりだ」
「……私もだよ、瀬戸内君」
家に帰ってから、スマホで夏目漱石と月のエピソードを調べた私は、スマホを両手で抱きながら、一人呟いた。
『夏目漱石は、「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳した』
……私はきっと、今日見た花火を一生忘れないだろうな。
持ち帰った透明なかき氷の器は、何となく捨てられなくて、綺麗に洗って洗いかごで乾かした。……乾いたら、小物入れにでもしよう。
私はきっと、今日この日の思い出を、一生忘れられないんだろう。
夏が来るたびに……いや、夏じゃなくてもきっと、繰り返し思い出すはずだ。
夜空に咲いては一瞬で消える花火みたいに、泣きたいくらいに愛おしい、この夏の一時を。




