今野ちゃんと夢
先ほどまで見えていた空は、暗闇と星の光によって描かれた、モノクロの世界だった。
鐘突堂を上がった瞬間、その世界に様々な極彩色の花びらが散らばる。
ぱあっと広がっては、一瞬にして散っていく炎の花の姿は、息を飲むほど、美しくて。
あまりにも幻想的で、目が離せない。
……花火って、こんなにも綺麗だったけ。
数年前に、友達と一緒に見た夏祭りの打ち上げ花火は、綺麗だったけど、ここまでの感動はなかった気がする。
今年は、特別力を入れているらしいから、そのせいだろうか。
「ーー綺麗だな」
……違う。
後ろからそっと肩に回された手に引き寄せられた瞬間、気がついた。
「でもあんまり端に行くと、危ないから、気をつけてくれ……今野に万が一のことがあれば、俺は今日今野をここに来たことを、ずっと後悔しないといけなくなるから」
今日見る花火が、記憶のそれより、ずっと綺麗なのは、きっと隣に瀬戸内君がいるからだ。
瀬戸内君と一緒に見てる花火だから、こんなにも綺麗なんだ。
「……ありがとう。瀬戸内君」
「いや。俺が勝手に心配してるだけだから……鬱陶しかったら、悪い」
「鬱陶しいなんて思わないよ……あと、それだけじゃなくて」
「え?」
ーーこんなにも、綺麗な花火を見せてくれて、ありがとう。
口に出しても、うまく伝えられるか分からないから、心の奥でそっと呟いた。
「………………」
「………………」
しばらくの間、それぞれ別の味で買ったかき氷を食べながら、黙って花火を見つめていた。
私も、瀬戸内君もしゃべらないから、花火が上がる音と、遠くから聞こえるお祭りに参加している人達の声だけが、辺りに響いてるけど、それが気まずいとも思わない。
かき氷を食べてる間は手は繋げないけど、代わりに瀬戸内君は私に寄っかかっていいって言ってくれて、後頭部と背中で、ずっと瀬戸内の熱を感じてるから。
……身長差があると、瀬戸内君が遠く感じて悲しいって思ってたけど、こうやって瀬戸内君がかき氷食べるのをあまり邪魔することなく、胸元に寄りかかれるんだから、今だけは自分のチビさに感謝したい。……今だけは。
「ーーねえ、瀬戸内君」
「ーーなあ、今野」
口を開いたのは、同時だった。
「あ、ごめん……被っちゃったね。瀬戸内君、先どうぞ」
「い、いや、俺の話はあとで良いから! 今野の話、先に聞かせてほしい」
……えーと、じゃあとりあえず、先に話させてもらおうかな。
今すぐに話さないといけない話題でもないけど。
「……ねえ、瀬戸内君。瀬戸内君は、夢ってある?」
「夢?」
「うん……絶対に叶えたい、願いごと」
花火を見上げながら、大きくため息を吐く。
本当に、綺麗な花火だ。綺麗過ぎて……ちょっと、悔しくなる。
「私はさ……みんなを感動させられる、イラストレーターになることが夢なんだ。その為に今、必死に美大に行くための勉強をしてるの」
この夜空のキャンバス以上に美しい絵を、私はまだ描けていないから。
今はすっかり健康な私だけど、実は小学校の低学年くらいまでは病弱だった。
ちょっと無理をしただけですぐに熱を出して倒れてしまうから、外で遊ぶこともできないで、いつも部屋の中で一人で遊んでいた。
周りの子はみんな活発な子ばかりだったから、友達もできなくて、いつもさみしかったことをよく覚えてる。
そんな私の心を慰めてくれたのが、絵本だった。
「幼稚園に、世界中の色んな国の文化が描かれた、教育絵本みたいなのが置いてあってさ。幼稚園児じゃ持つのも難しいくらい、こーんな大きくて、立派なの。多分、園長先生の趣味だと思うけど。……それを、毎日のように、読んでたんだ」
外国に行くどころか、少し先にある庭で駆け回ることすら、できない。
そんな私にとって、鮮やかな色彩で描かれた異文化のイラストは、あまりに衝撃だった。
私は、外に出て他のみんなみたいに、知らない虫や、知らない花、……今まで知らなかった新しい光景を発見をすることはできない。
だけど今、自分は確かに、絵本を読まない他の子が知らない「景色」を見てるんだ。
そう思ったら、ひどく胸がドキドキしたのを覚えてる。
「多分ね。テレビの映像や、写真でも、感動は同じだったんだと思う。……だけど、私が最初に出会ったのは『絵』で。どうしようもなく、それに惹かれたんだ」
その日以来、私はお絵かき帳を手放せなくなった。
休み時間になるたびに絵本を開いては、何度も何度も、幼い自分ができる限り正確に、その絵を書き写した。
自分が感じた感動を、ただただ自分の手でも表現したくて仕方なかった。
いつしか、そんな私に興味を惹かれたのか、一緒に絵を描いてくれる友達もできたけど、さみしさがなくなっても、私は絵本の模写をやめなかった。
夢中になるあまり、何度も熱を出して、「これじゃあ外で遊ぶのを禁止しても意味がない」と両親から嘆かれても、やめられなかった。
絵が、好きで。
絵で、誰かに感動を生み出したくて。
熱病のような衝動は、年を重ねて体が丈夫になっていくうちにに、少しずつ落ち着いて来たけど……それでも、確かに私の胸の中で燃えあがり続けてるままでいる。
 




