瀬戸内君と月
「つまり……さっき、大林君を探しているふりをしていたのは、演技だったということですね」
「……演技だったということです。ゴメンナサイ」
「つまり、謀ったわけですね、瀬戸内さん」
「…………謀ったわけです。本当にゴメンナサイ……今野さん、もしかしなくても、怒ってますか」
「もちろん……ーー怒ってないよ!」
しまった……ビクビクしてる瀬戸内君が可愛すぎて、いじめ過ぎた。瀬戸内君、泣きそうだ。
握った手に、ぎゅうっと力を入れながら、本音を暴露することにする。
「瀬戸内君が、私と二人きりになるために色々動いてくれたのに、怒ることなんて、あるわけないでしょう?」
こんなに純な瀬戸内君をもてあそぶなんて、私はひどい女だなあ。
でも、私みたいなちんちくりんにもてあそばれてくれる瀬戸内君が、好きで好きで仕方ない。
私の為に、こっそり、色々画策してくれるなんて。
こんなに、嘘も下手くそな人のに、精一杯演技してくれて。
……ああ、もう、瀬戸内君、可愛い過ぎる。大好き。
「ーー鐘突堂の上が、よく見えるんでしょ? そろそろ始まるから、行こう?」
「……あ、うん」
ああ、私は多分、世界で一番幸せ者だ。
こんなに可愛いくて大好きな人と二人きりで……本当に周りの人もいない、たった二人だけで、花火が見れるのだから。
「今野……雨上がりで石段、滑るかもしれないから、気をつけてくれ」
「わかった……っ!」
言われた傍から、足を滑らせて、慌てて体制を整える。
……わ、私が運動神経が悪いわけじゃないよ。慣れない下駄だからね。
「……ご、ごめんね。瀬戸内君。言ってる傍から……」
「いや……今野が転ばなくてよかった……だけど」
瀬戸内君は、ちょっと言葉に詰まった後、握った手を離した。
……あ。私の運動神経があれだから、手を繋いだままだったら、危ないと思ったのかな。……私の運動神経が、もっと良ければ………。
地味に凹んだ私の隣で、瀬戸内君は一段石段を降りて、躊躇いがちに腰の辺りに手を添えた。
「ーーこ、転んじゃうと悪いから、手繋ぐより、こっちの方がいい……かな? ほ、ほらこの状態なら、万が一今野が落ちても、受け止められるし」
真っ赤に顔を染めた瀬戸内君に、ひっくり返った声でそう言われて、ときめく前にびっくりした。
一拍してから、腰に添えられた瀬戸内君の手が、触れそうで触れない微妙な位置でプルプルしてることに気づいて、笑みが漏れる。
「ーーうん。こっちの方が良いかなあ」
微妙な位置にある瀬戸内君の手を、さっき屋台で買ったかき氷を持ってない方の手で、腰の辺りにぴったりくっつけた。
……間違ってもセクハラなんて思わないから、安心してクダサイ。
「だから瀬戸内君……私がまた足を滑らせたら、申し訳ないけど、支えてね……重いかもしれないけど」
「……今野の体重くらい、余裕に決まってるだろ」
手を繋いでた時より、近くなった距離が、嬉しい。
……今日だけで、どれだけ「嬉しい」を更新しているんだろう。
このまま「嬉しい」の度数が上がって行ったら、あんまり幸せ過ぎて、なんだか怖い気もする。
もしかしたら、今日が人生で一番幸せな日なんじゃないかって、そんな風に思ってしまうから。
過ぎる不安を打ち消すように、すっかりふけた夜の空を見上げた。
「……辺りが真っ暗だから、星が綺麗だねー。木の枝に邪魔されて、あまり見えないけど」
まるで真っ黒なキャンパスに、白い絵の具を点々と落としたみたいだ。
「……月は、どうだ?」
「月は……ちょうど、雲か木に隠れて見えなくなったね………来た時は、向こうの方にうっすら見えたんだけど」
だけど、月明かりがない方が、花火は良く見えるかもしれない。
元々、雨が降ってて花火が上がらなかったかもしれないくらいだから、月が見えないくらいは我慢しなきゃね。
「……そうか」
って、あれ? 瀬戸内君、月が見えなくて、すごくがっかりしてる?
「あ、でも、今は見えないけど、もう少ししたら、見えるかもよ? ほら、上に行ったら、また景色変わって来るだろうし」
「……いや、月が見たいわけじゃないんだが……今野。夏目漱石って知ってるか?」
「あ、現国で出てきたよね……でも、ごめん。私、世界史選択だから、日本の文学者はよく知らないんだー。……瀬戸内君、日本史だっけ? あれ、でも教室同じだよね」
「……あ、うん。俺も今野と同じ世界史選択………いや……何でもない……ちょっと言って見たかっただけだから……」
……よく分からないけど、瀬戸内君が元気ないから、また月出て来ないかな。
そう思った瞬間、ドーンと、大きな音がした。
「あ、花火! 花火上がっちゃった! ……急がないと」
「って今野! 急いだら、危ないぞ!」
「大丈夫! ……瀬戸内君が、後ろにいてくれるから」
瀬戸内君がいるなら、安心して石段を駆け上がれる。ーー万が一、足を滑らせても、瀬戸内君が支えてくれると信じてるから。
急いで階段を駆け上がって、鐘突堂の上にたどり着いた瞬間、がらりと景色が変わった。
「………すごい」
ーー真っ黒なキャンバスの中に、大輪の花が、咲いてる。




