瀬戸内君とチョコバナナ
一秒一秒がひどく長くて。
でも、終わって欲しくなくて。
矛盾した感情に、どんな表情をすれば良いのかわからなくなる。
「……な、何か食べるか?」
「あ、そ、そうだね」
瀬戸内君の一言で、ようやく視界が戻ってきた気がする。
あわてて、周りの屋台を見回した。
えーと……何を、食べよう。
手を離さなくても食べやすくて、できれば少しでも瀬戸内君に可愛いと思ってもらえるような食べ物がいい。……元々のスペックはコケシなので、少しでも小道具で可愛らしさを演出したい下心です。はい。
「……チョコバナナ! チョコバナナ、買ってくるね。瀬戸内君もいる?」
「あ、俺はいい……というか、おごるよ」
「ううん。いーよ。瀬戸内君は、瀬戸内君が食べたいの買ってきて」
咄嗟に手を離して、屋台の列へと向かってしまって後悔する。
お金は自分で払うにしても……手を繋いだまま、一緒に来てもらえばよかったな。
瀬戸内君が、もしかしたら両手を使わないと食べれないものを買ったかもしれないし、そうじゃなくても、もう一度手を繋いでもらうのは難しいかもしれないのに。
「ごめん! お待たせ」
ピンク色のチョコバナナを買って、駆け足で瀬戸内君のところに戻ると、瀬戸内君がラムネで頬を冷やしてた。
「いや……ちょっと心臓落ち着かせたかったから、ちょうどよかった」
そう言って瀬戸内君が、当然のように手を差し出してくれたのが、うれしかった。
えへへ……いらない心配だったな。
「手、冷たいね」
「ラムネで冷やしてたから……き、気になるか?」
「ううん。冷たくて、気持ちいい」
冷たくなった瀬戸内君の手をぎゅうっと握りしめると、瀬戸内君が頬を赤くして視線をそらした。
「……なら、よかった」
「瀬戸内君、ラムネ好きなの?」
「そうでもないけど、祭りでは無償に飲みたくなるんだ。喉も渇いたし……」
「わかる。お祭りの定番だよね。しゅわしゅわしててたまに飲むと、おいしい」
「今野はチョコバナナか。……なんか似合うな」
「そう? あ、そうだ。よかったら、瀬戸内君、チョコバナナ、一口どうぞ。私のかじりかけだけど」
身長差はあっても、チョコバナナなら棒の長さがあるから、余裕で瀬戸内君の口元に届く。
手を離さなくても良いの、選んでよかったなあ。
瀬戸内君は、ちょっとだけ複雑な表情をしてから、一口かじった。
「うん……甘い。ありがとう」
「チョコバナナ、おいしいよね。外側パリパリで、中がしっとりしてて」
「……そうだな」
「私、クレープでも、チョコとバナナの奴ばかりなんだー。最強タッグだよね」
再び自分のチョコバナナをかじって、ようやく気がつく。つい、智ちゃんたちと同じようにしちゃったけど……
「………間接、キスだね」
「ごぼふっ!」
「せ、瀬戸内君、大丈夫!?」
いきなり激しくむせ込みだした瀬戸内君に焦る。
瀬戸内君は咳き込みながら、首を横に振ると、一気に残りのラムネを煽った。
「……わ、悪い。チョコバナナが変なところに入った」
「だ、大丈夫?」
「大丈夫……大丈夫だけど」
瀬戸内君はしばらくゴホゴホと咳をしてから、ふと何かに気づいたように、辺りを見回した。
「……ところで、大林達、どこ行った?」
あ、あれ? いつの間に。
「いないね……どこ行っちゃったんだろ」
慌てて辺りを見渡しても、二人の姿はどこにも見当たらない。
大林君はともかく、高梨さんは目立つから、いたらすぐ分かりそうなのに。
「あ、から揚げ買うとか話してたよね?」
「から揚げ屋、あそこだろ。買った後にしても、近くにいそうなもんなんだが」
「……本当だ」
ごめん。高梨さん……瀬戸内君のことに気をとられて、すっかり存在忘れてたよ。
今頃、探してたりするのかな。
そう思った時、私と瀬戸内君のスマホが同時になった。
……もしかして、高梨さんかな? こないだ、スマホで連絡先交換したし。
慌ててスマホを巾着から取り出すと、一通の新着メールが届いていた。
差出人は案の定、高梨さんで、書かれた内容はただ一言。
【しにそうだ】
ーー高梨さんの身に、一体なにが……!?
「大変! 瀬戸内君、高梨さんがピンチみたい!」
「……ああ。そのことなら、心配しなくて良いと思うぞ」
同時にスマホに視線を落としていた瀬戸内君が、スマホを閉じながらため息を吐く。
「大林から、メールが来てた。【やっぱり別行動しよう】って」
………高梨さん、死にそうって、そう言う意味。
紛らわしいよ。
「……え、じゃあ、ここからは二人きりってことだよね」
「……嫌か?」
「ううん。……嫌どころか、ちょっと嬉しいかな」
正直、さっきから、やっぱり瀬戸内君と二人きりで来ればよかったかな、って後悔してたから。
高梨さんには悪いけど、大林君、グッジョブ。
どうせ四人でいても、結局大林君達も二人きりの世界作ってたし……いいよね?
うわあ。嬉しいな。
なら、花火も瀬戸内君と二人で見られるんだ。
「花火の時間、そろそろだよね? 向こうの方が見やすいみたいだから、移動しようか?」
「あ……そのことなんだけど」
あれ? ……瀬戸内君、もしかして花火はあんまり好きじゃない? 瀬戸内君と二人で花火見たかったんだけど…。
私の心配をよそに、瀬戸内君の口から出たのは意外な言葉だった。
「……俺、花火が見やすい穴場、知ってるから……食べ物だけ買って、移動しないか?」
「ーーうわあ。すごい。誰もいない」
連れていかれたのは、お祭り会場近くの小さな神社だった。
「でも、辺り結構背が高い木に囲まれてるけど、花火見えるの?」
「ああ。……あそこの鐘突堂、小高いところにあるだろう。あそこにのぼれば、花火がばっちり見える……らしい」
「らしい?」
「……サッカー部に伝わる、門外不出の秘密の穴場なんだ」
へー。サッカー部の。……あれ?
「あ、じゃあ、大林君達も、もしかしたらあそこにいるかな」
「それは、大丈夫………ジャンケンで、勝ったから」
「え?」
「その……サッカー部の祭りに行く予定の奴らで、ジャンケン大会を……」
………あれ、ちょっと待って。それって。
黙ってジーと瀬戸内君を見つめてると、瀬戸内君はバツが悪そうに視線をそらした。
「………ゴメンナサイ。二手に分かれることは、事前に打ち合わせ済みでした」
あー……やっぱり。




