瀬戸内君は………
まるで、少女漫画のヒーローみたいだ。
……あ、高梨さんの顔、真っ赤。
「……悟。お前は、どこまで私に惚れさせれば気が済むんだ……」
「おい。あんま恥ずかしいこと言うなよ……」
「は、恥ずかしいことを先に言ったのはお前だろ!」
「俺はいいんだよ。俺は。……よし、涙は止まったな。そういや沙紀、お前、からあげ好きだったよな。一人じゃ食いきれない癖に、毎回見つける度買ってたし。さっき出店見つけたから、今日は俺が買ってやるよ」
「……別に、からあげが特別好きなわけじゃない」
「うん?」
「ただ………からあげなら、悟と半分こできるし、昔の悟の好物だったから………」
「……………」
「……………」
「……………だから、お前、恥ずかしいこと言うなって……で、本当は何が食いたいんだ?」
完全に二人の世界に入ってしまった大林君と高梨さんを眺めながら、ふと気づく。
……これは、大林君の流れに便乗して、瀬戸内君と手を繋ぐチャンスなんではないだろうか。
ほら、こうさりげない感じで、『私たちも、手を繋がない?』って言っちゃってさ。
うわー。心臓がどきどきして来た。手を繋いでお祭りとか、なんていうか、すごく恋人同士っぽいし。
がんばれ、私! 勇気を出して告げれば、瀬戸内君もきっと心よく頷いて………。
「……………瀬戸内君?」
ちらりと瀬戸内君の方に視線をやると、なぜか一生懸命ズボンで両手をぬぐっている瀬戸内君の姿があった。
ぬぐっては両手のひらを眺めてため息を吐いていた瀬戸内君だったが、私の視線に気がつくと、ギクリと頬を引き攣らせた。
「……今野………あの、その………今のは別に、両手の汗をぬぐってたとか、そういうわけじゃなくて、だな」
……え? 汗?
「あ、いや、その……俺、緊張するとすぐに手に汗かく体質で……だから、その………」
「………その?」
「その………今野は、出店の料理は何が好きなんだ? 何でもおごるから」
諦 め た …… っ !
いや、瀬戸内君、今さらポケットに手を入れても、遅いからね?
こうなったら、私、もう勇気を出して言っちゃうからね?
「瀬戸内君……人ごみで見失うと悪いから、手を繋いでくれるとうれしいな」
途端、瀬戸内君の顔が、泣き笑いのように、複雑に歪んだ。
「……いや、かな?」
「嫌じゃない! 嫌なわけがない! 今野から、手を繋いで欲しいって言ってくれて、すげぇ、うれしい! ………ただ」
「ただ?」
「ただ………俺、今、手のひらに本当に汗かいてるから……手を繋いだら、気持ち悪いかもしれない」
消え入りそうな声でそう言って俯く瀬戸内君に、思わずため息が漏れる。
……あー。もう。瀬戸内君は本当に仕方ないなあ。かっこよかった大林君とは大違いだ。
「……大丈夫だよ。そんなの」
「いや、でも……」
「大丈夫だって……だって、おあいこだもん」
でも、そんな仕方ないところも、かわいくて仕方ないだから、瀬戸内君はずるいと思う。
「私だってーー好きな人と手を繋げることに緊張して、手のひらに汗かいてるんだから、おあいこだよ」
手のひらには汗はかいてるし、心臓だってますます鼓動が早くなる一方だ。顔だって、熱いし、何だかやたら喉も渇いてる。
………瀬戸内君が気持ち悪いなら、私だって十分気持ち悪いです。
「……だから、瀬戸内君が嫌じゃなければ、私と手を繋いでください」
差し出した私の手を、瀬戸内君は少し葛藤混じりの表情で眺めてから、意を決したように自分の手を重ねた。
少し熱くて湿った、私のより何回りも大きな手が、おそるおそる私の手を上から包み込む。
「……気持ち悪く、ないか?」
「全然。……瀬戸内君は?」
「今野の手が、気持ち悪いわけがない………ずいぶん、小さい手だとは思うけど。強く握ったら、潰してしまいそうで、怖い」
「大丈夫だから………もっと、強く握って欲しいな。人ごみに流されて、離れちゃわないように」
騒がしいはずの周囲が、何だか突然静まり返ったようだった。世界の中で、私と瀬戸内君が、二人だけ切り取られたみたいだ。
ただ私の耳に入ってこないだけで、実際は周囲ではお祭りに来ている人たちが、先ほどまでと同じように、それぞれ言葉をかわしている。
中には、私たちの噂をしている人もいるのかもしれない。私が望んでいたように、私と瀬戸内君をカップルだと見なされているかもしれないし、手を繋いでなお、瀬戸内君が小さい私の面倒を見ていると思われているかもしれない。
だけど今はもう、周りからどういう関係だと思われているかなんて気にする余裕なんてなかった。
繋いだ手から伝わってくる瀬戸内君の熱が、うれしくて。
先ほどより、ますます速くなってきている自分の心臓の音が、うるさくて。
ただただ、隣で歩く瀬戸内君のことしか考えられない。
 




