今野ちゃんと夏祭り
「え……というか、良いのか? 今野はその……予備校とかは」
「うん。土曜日の夕方は、たまたま空いてたから」
「そうか……うわ、どうしよう。すげー、うれしい」
瀬戸内君は頬を紅潮させて、口元に手をあてた。
「……本当は、さ。その、俺は部活引退したし、一緒にそういう所とか、出かけたかったんだ。だけど今野は受験勉強やら、部活やらで忙しいみたいだから言えなくて……夏祭りとか、絶対無理だって諦めてたのに、まさか一緒に行けるなんて」
……え? そうなの?
てっきり瀬戸内君も、休日は受験勉強に専念したいだなって思ってたんだけど……そんな風に思ってくれてたんだ。
「……まずい。俺、今、顔が緩みすぎてひどいことになってる……あ、今野、もしかして当日は浴衣着る気とか、あるのか?」
「あ、うん。家に親戚のお姉ちゃんからもらった浴衣着るがあるから、せっかくだから着てこうかと思ってたけど……」
「ーーよっしゃ! 今野の浴衣姿とか、絶対似合う。というか、見た過ぎる……土曜日が、めちゃくちゃ待ち遠しいな」
予想以上にテンション上げてくれる瀬戸内君に、ちょっと申し訳なくなる。
……こんなに喜んでくれるなら、もっと早くに図書館以外の場所に出かければよかったかな。何とか予定つけて、今度一緒に映画でも行こうて誘ってみよう。
「次の土曜日、二人で夏祭り行けるの、楽しみしてる」
「え。二人じゃないよ」
「……………え?」
「高梨さんから誘われたんだ。大林君も入れて、四人で夏祭り出掛けようって……って、瀬戸内君!?」
次の瞬間、先ほどまでのテンションの高さが嘘のように、瀬戸内君はがっくりとうなだれた。
ど、どうしたの、突然?
「あ、ごめん、瀬戸内君、高梨さんのこと苦手だった!? 瀬戸内君、大林君とは仲良しだから、大丈夫だと思ったんだけど……」
「……いや、高梨のことは好きでも嫌いでもなく、わりとどうでも良いんだが……」
「どうしよう? やっぱり、断った方がいい?」
「………いや、いい。二人きりで出掛けたかったのは事実だが、どうせ現地で遭遇したら、そのまま合流する流れだと思うから、もう最初から4人でいい」
……あ、瀬戸内君、私と二人の方が良いと思っててくれたんだ。
うわあ、だとしたら、すごくもったいないことした気がする。最初から、瀬戸内君誘って二人で夏祭り行けばよかったかも。私の馬鹿……っ。
……いや、でも瀬戸内君の言う通り、最初二人きりで出かけたところで、大林君と二人きりの状況に耐えきれなくなった高梨さんから、無理やり一緒に連れ回されそうな気がするな。うん。
なら、結果的にはこれでよかったのかもしれないけど……。
「……瀬戸内君」
「……なんだ?」
「今度は、二人きりで一緒にお出かけしませんか」
「…………是非」
ーー身長差が40㎝近くあるのに、そう言って肩を落とした瀬戸内君の背中は何だかとてもしゅんとして小さく見えたので、今度は絶対に二人でお出かけしようと思いました。
「よかったー。雨降ってない」
土曜日は、朝から小雨が降っていて、ハラハラしながら、半日を過ごした。
雨でも屋台はやるだろうけど、雨の中浴衣で歩くのは大変だし、19時から予定している打ち上げ花火が見られなくなる。
今年は去年より多く予算を割いて、よりたくさん花火を上げるみたいだから、是非それは見たい。
軒先に吊り上げて、受験勉強の休憩のたびに祈っていたてるてる坊主が効いたのか、夕方には雨もやんで、夕焼け空が見えはじめた。神様に感謝だ。
お母さんから着付けをしてもらった浴衣を着て、慣れない下駄に苦戦しながら、雨でぬかるんだ道を歩く。
雨に濡れた草の香りが、もわりと立ち上って、何だか胸が締めつけられた。
「……お、今野。来たな」
待ち合わせ場所である神社の入り口にたどり着くと、集合時間より早いにも関わらず、既に瀬戸内君と大林君が待っていた。
「今日は悪ぃな、今野。沙紀が無理言ったみたいで」
「あ、ううん。私も夏祭り行きたかったし、ありがたかったよ」
「まったく……あいつ、普段は全然空気読まないマイペース人間の癖に、変なとこだけ気回すんだからな。俺は別に、二人でよかったのに」
……あ、やっぱり大林君は、高梨さんと二人きりで出かける予定だったんだ。
うーん……せいぜいお邪魔虫にならないように、気をつけよっと。
「……ところで、瀬戸内君は何でさっきから、一言もしゃべらず、大林君の後ろで縮こまってるの? 隠れきれてないよ」
隠れているつもりだとしたら、結構無理があると思う。……大林君には申し訳ないけど、その辺りはどうしても、越えられない身長差ってあるよね。
「……隠れている、わけじゃなくて」
瀬戸内君の顔は、片手に隠されているからよく見えない。
だけど、露わになっている耳は真っ赤に染まっていた。
「浴衣姿の今野が可愛すぎて、まともに直視できないだけだから……」
……え?
言われた言葉の意味を理解した瞬間、頬が熱くなった。
「……あ、ありがとう?」
「本当……無理だ。ピンクの花柄とか、イメージ通り過ぎて……和風の髪飾りも、すごく似合ってるし、持っている巾着も含めて何もかもが可愛すぎる……」
「……瀬戸内。褒めるにしても、その褒め方はねーわ。何つーか、普通にキモい」
「あ、いや、うれしいよ!」
うれしいけど……ちょっと恥ずかしい、かな。大林君も聞いてるし。




