今野ちゃんと応援
ーー試合は、劣勢のまま後半戦を向かえた。
「あー……また、取られた。これで、2対0かあ。こっから追い上げるのは、厳しいぞ」
「でも、うちの高校も強豪相手に、よく食らいついていると思うよ。実際、ミスもほとんどないし、ディフェンスもオフェンスも負けてない。……ただ、向こうのキーパーがなあ」
「もはや化け物だよな。ありゃ。今までの試合も、他校の得点0で抑えてきたんだろ? ……『ガーディアン』の渾名は伊達じゃないな」
すぐそばで聞こえてくる会話を聞きながら、フィールドを必死に走る瀬戸内君の姿を目で追った。
……頑張れ、頑張れ、頑張れ……!
必勝タオルを握り締めて、私はただひたすら、心の中で瀬戸内君の勝利を願った。
「……ああー。瀬戸内、ディフェンスに囲まれた」
「えぐい囲み方するなあ……ゴールまでだいぶ距離あるし、これはもうボール取られるなあ」
複数人のディフェンスに囲まれている瀬戸内君の姿が見えた瞬間、いてもたってもいられなくなった。
もしかしたら、私の応援が瀬戸内君の邪魔になるかもしれないなんて考えは、その瞬間頭から吹き飛んでいた。
その場に立ち上がり、周りの目を気にする余裕もなく、喉が枯れるくらいの大声で叫ぶ。
「ーー頑張れ! 瀬戸内君!」
次の瞬間、瀬戸内君が蹴ったボールが大きく弧を描いて、宙を舞った。
「……無回転ロングシュート」
誰かが、ぽつりと呟いた。
ーーその時の光景は、まるでスローモーションのように、見えた。
一切の回転が加えられていないボールが、30メートル以上先のゴールへと、まっすぐ飛んでいく。
ボールの動きに気付いたキーパーが、すぐに動いて飛んできたボールを弾いたが、手に当たったボールは異なる軌跡を描いてゴールの中に吸い込まれていった。
「ーーあいつ、決めた! 決めたぞ! 点数、入った!」
「『ガーディアン』の守備を破ったんだ!」
周囲から、高い歓声が上がるのを聞きながら、私はその場に立ち尽くして、瀬戸内君を眺めていた。
大林君に肘で小突かれながら、再び試合に戻っていく瀬戸内君と、一瞬目があった気がしたのは、私の勘違いだろうか。
ーーだけど、結局うちの高校が点数を取れたのは、この1点だけで。
瀬戸内君達の最後のインターハイ予選は、健闘を讃えられながらも、幕を閉じたのだった。
「……お疲れ様。瀬戸内君」
試合終了後、一人でいた瀬戸内君に買っていたスポーツドリンクを差し出すと、瀬戸内君は少し失敗した笑顔で受け取ってくれた。
「ありがとう。今野。……お前の応援、聞こえた」
渡したスポーツドリンクを一口飲んで、瀬戸内君は目を伏せた。
「……こんな結果で終わったけど、今までの大会で一番ベストを尽くせた試合だったと思う。俺も、他のメンバーも。実力以上、全部出しきって負けたんだ。悔いはない。……負けた俺が言っても、信じられないかもしれないけど」
「信じるよ……見てたから」
私は、サッカーのことはわからないけれど。
それでも、試合の間中ずっと瀬戸内君を見てたから、わかる。
「格好よかったよ。瀬戸内君。すごく、すごく、格好よかった」
私の言葉に、瀬戸内君は小さく微笑み返してくれた。
「……それより、瀬戸内君。こんなところで一人でいていいの? チームメイトのみんなと一緒にいなくて」
どこを見渡しても、大林君はもちろん、他のメンバーの姿も見えない。
と言うか、私だって、瀬戸内君から連絡をもらわなかったら、瀬戸内君を見つけられなかった気もする。
なんで瀬戸内君は、こんなところに一人でいるんだろう。
「いや……それは……」
瀬戸内君はちょっと気まずそうに視線をさまよわせた。
「他の奴らに邪魔されずに、今野と話したかったし……それに」
「……それに?」
「それに………俺がいたら、邪魔かもしれないと思ったから」
……うん?
「……意味が、わからないんだけど、何が邪魔なの?」
「だって、ほら……俺はサッカー部の中では、転校してきてから一年そこそこしかいない新参者だろう? やっぱり他の奴ら……特に三年は、同じ時間を過ごしたメンバーだけで、話したいことがあると思ったんだ。最後の試合だから」
思わず、ため息が口から漏れた。
瀬戸内君……それはさすがに、私、ちょっと君に呆れましたよ。
「ど、どうしたんだ? そんな上目遣いで、ジッと見つめて……」
「にらんでるんデス。頬を染めないでクダサイ。……はい。じゃあ、さっさとチームメイトのところ、戻りますよー」
「え? 今野……ちょっと、ま」
「待ちません」
私は大林君のように瀬戸内君を引きずる力はないから、背中を押して、瀬戸内君をせっつく。
……うう、重い。そして背中広い。
全体重かけて押しても、瀬戸内君、ぴくりともしないのが悔しい。
「……部活に入ったのが遅かったとか、関係ないよ。だったら一年生のレギュラーの子はどうなるの? ……チームメイトなんでしょ。だったらちゃんと負けた悔しさも、一緒に分かち合いなさい!」




