少女と老人
「ほら!こっち!早く来なさい!」
少女に手を引かれるがまま、ルシウスは森の中を進んでいた。
長いスカート姿で易々と森の中を進む彼女の慣れた様子を見て、彼女がこの森に住んでいるのだろうか、とそんな事を考えていた。
「ほら、着いたわよ。ちょっと待ってなさい。」
木々の間を抜けると、少し開けた場所に木で作られた小さな小屋があった。
小さな切り株がいくつもある事から、周囲の木を倒してその小屋を作ったようだ。
少女はルシウスの手を離し、小屋へと駆け寄って扉を開いた。
「おじいさん!世捨て人連れてきたよ!」
……世捨て人とは俺の事だろうか。
開いた扉から白く長い髭を蓄えた老人が、これまた木で出来た杖を地面につきながらゆっくりと現れた。
「ほうほう……。これは確かに世捨て人かのう。まるで病気の白猫の様じゃ。」
「でしょー!なんか物憂げな顔でニーレッグの方を見てたの!」
……なるほど。口の悪さはこの老人譲りか。
「ご老人。すまないが、俺は世捨て人でもなければ病気の白猫でもない。俺の名前はルシウス。一応こんななりだが馬で来ているし、剣もそれなりに使える。心配は無用だ。」
ルシウスは呆れながらも、早くこの場を立ち去ろうとそう告げる。
立場を名乗らなかったのは、知らない様であれば無用な警戒を避けるためだ。
「え、そうなの?本当に?じゃあ馬呼んでみてよ!」
「……はぁ。わかったよ。」
訝しげな顔をする少女に再び呆れながら、ルシウスはシンバを呼ぶため指笛を力一杯吹いた。
指笛は森の中にこだまし、遠くまで響き渡ったようだったが、一向にシンバは現れない。
「……来ないんだけど?」
「……ああ。来ないな。」
おかしい。
いつもならばすぐにでも来るのに。
ルシウスの愛馬、シンバはもう10年も連れ添う愛馬で、共に何度も戦場を潜り抜けてきた名馬だ。
「……ねえ、おじいさん。この人もしかして幻覚まで見てるのかな。」
「……ああ、そうかものぅ。変な薬でもやっとるのかのぅ。どおりで病的な肌色なわけじゃ。」
「もしかしてとっても可哀想な人なのかしら。」
「うむ。きっとそうじゃのぅ。」
「聞こえているぞ。」
声を潜めて憐みの目を向ける二人にルシウスはそう言い、またため息をつく。
今日、この少しの間にどれほどため息をついただろう。
「エヴァ。仕方ない。落ち着くように家の中で温かいミルクを振る舞ってやろう。」
「ええ、そうねおじいさん。ほら!あんた!そんな所でぼさっとしてないでさっさと中に入りなさい!」
為されるがままにルシウスは小屋の中へと連れていかれる。
神よ。
俺は何をしましたか?
早くこの面倒な奴らから俺を解放してください。
ルシウスは神に祈った。