黒に覆われた緑の町
王都から離れる事およそ3時間。
美しい白馬に跨り、ルシウスは森の中にいた。
ゆっくりと馬を進めるその先には、ルシウスにとって思い出深い地がある。
20年前。
ルシウスとサンの夢が始まった場所。
「よし、シンバ。お前はしばらくここにいるんだぞ。」
森も出口に差し掛かった所で、ルシウスはシンバと呼ぶ白馬から降りた。
ここから先は危険が常に付き纏う、瘴気の溢れる土地。
その先にあるのは余程の事がなければ誰一人近寄る事の無い荒れ果てた町だ。
もう40年も前になる。
かつてのその土地は緑が溢れ、様々な動物達と穏やかな時間を過ごしていた【ニーレッグ】という町があった。
そんな穏やかな町を今の様に姿を変えてしまったのは、突如として大量に湧き出た魔物達の襲来であった。
町は一瞬にして壊滅。
美しかった緑は魔物が発する瘴気で全て枯れ果て、動物たちも姿を消した。
当時の町の人口はおよそ300人。
記録としては内100名が行方不明となり、182名の死亡が確認されている。
魔物達は当時の騎士達によって駆逐されたものの、とても人々が住めるような環境では無くなった。
今となっては、ならず者や世捨て人が住み着くスラムと化している。
サンとルシウスは、そんな荒れ果てたこの町で捨て子として育ったのだ。
「……変わらないな、この町は。」
森を出たルシウスは、まだ遠く見える荒れ果てた土地の中心にある、黒い霧の様な瘴気に覆われた町を眺めながらそう呟く。
この町を出たのはもう12年前になる。
あの時の自分は幼く、無力な子供だった。
月日の流れを感じさせない荒れ果てた町を眺め、ルシウスは少し微笑む。
もう少し待ってくれ。
心の中で、許しを請うようにそう願った。
「ちょっとそこのあんた!」
背後から声がしてルシウスは驚き、振り返る。
「そんなところで何してんの!?」
そこには籠いっぱいの野草や木の実を手に持った女の子が立っていた。
「そこから先は瘴気やならず者がいて危ないんだから!そんな無防備な格好でむやみに近づいたら危ないじゃないの!」
声を荒げてそう言う少女は見るも鮮やかな金色の長い髪を風になびかせ、森を歩くにはおよそ似つかわしくないような白く長いスカートに白のニットを着ている。
「……それはこちらの台詞だと思うのだが。」
「何言ってんの?あんた。」
ため息をつきながらルシウスが呟くが、少女はいまいち理解していないようだった。
「とにかく、アンタみたいにひょろ長くて青白い肌した優男があんな町に行ったらすぐカモにされちゃうわよ。」
「……これが見えないのか?」
確かに首元の緩い、簡素な肌着に緩めのズボンと言うラフな姿をしたルシウスは、腰に革の紐で吊るした剣を少女に見せる。
さすがにプライベートの外出にシュヴァリエを持ってくるのは気が引けたため、ルシウスは兵士用の剣を一振り持って来ていた。
「はぁ……。アンタみたいな病気の白猫がそんな剣持ってた所で別に何も変わりやしないじゃない。」
呆れたように少女はルシウスに言い放った。
こいつ、俺の事を知らないのか?
というか、俺の事を病気の白猫と呼んだのか?この女。
思わずルシウスも呆れ、ため息をつく。
「あ、ため息ついたわね!もう、とにかくこっち来なさい!」
少女はルシウスの手を取り、強引に森の中へと連れ込んでいく。
ああ、今日はもしかしたら災難な日かもしれない。
神よ、たまの休暇に何故俺をこんな目に。
心の中でルシウスは、神を呪った。